インカ帝国に代表されるアンデス文明の中心地だったペルーにはその関連の遺跡が多い.マチュピチュ遺跡はその代表格であるが,そのほかにもクスコの市街地やナスカの地上絵,チャビン遺跡などが世界遺産に指定されている.
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T.マチュピチュ遺跡
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ペルーを代表する観光地である.アンデス山脈の山中の尾根筋に広がるさまから,天空の城の異名もある.インカ時代の後期に築かれたといわれ,かつては砦だったともいわれていたが,現在では宗教施設であったと考えられている.
インカ帝国滅亡後,マチュピチュにいた住民は自発的に街を退去したため,この地はアンデス山中に眠り続けることになった(インカを征服したスペイン |
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人もここには来ていないと考えられている.なぜなら,もし彼らに発見されていたらこの街も破壊され,今の姿を残しているはずがないと考えられるからだ).
公式には1911年にアメリカの歴史学者ハイラム・ビンガムが発見したとされているが,ペルーの現地人の間ではそれ以前から存在が知られていたともいわれる.
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U.ナスカの地上絵 |
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ペルーの海岸部(コスタ)の南,ナスカにある巨大な地上絵である.大地の上からではその全貌は全く分からず,飛行機などで上空から見て初めてその存在に気づくほどである.1939年にアメリカの考古学者ポール・コソックによって発見された.
紀元前後のナスカ文化時代に描かれたといわれているが,いったい何のためにどうやって描いたのか,大きな謎とされている |
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(このため,宇宙人の技術によるなどというオカルト系の説も多い).
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V.クスコの市街地 |
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インカ帝国の都だったクスコは標高3500メートルのアンデスの高地帯にある.インカ時代に築かれていた寺院や宮殿は,スペイン人によって破壊されてしまい,彼らは残されたインカの石組みの上にスペイン風の教会や住宅を建設した.ただ,16世紀末に発生した大地震によって,スペイン人の建てた教会や住居は大きく傷ついたが,インカの石組みはビクともせず,その堅牢さを示したといわれる.街全体が見ど |
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ころであるが,郊外のケンコー遺跡やサクサイワマン遺跡など周辺の遺跡も見どころである.
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W.アレキバの歴史地区 |
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ペルー南部にある同国第2の都市アレキバは,13世紀のクスコの国王マイタ・カパックによって建設された町と言われている.この街の建設資材は近郊から算出される石灰岩を使用しているために,白い街の名が与えられている.この町並みが世界遺産になっているほか,郊外にそびえるコニーデ型火山(富士山型)のミスティ山の雄姿も見事である.
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X.リマの歴史地区 |
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ペルーの首都リマは16世紀にインカを征服したスペイン人,フランシスコ・ピサロが建設した太平洋岸の海岸砂漠の街である.そのメインとなるのがアルマス広場を中心とした地域(セントロ)である.ここにはピサロ自身が礎石を置いたとされるカテドラルをはじめとするコロニアル調の建物がたくさん立ち並んでいる. |
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