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スバールバル旅行記(4)


2003年7月 1日(火)


スバールバルの朝

 北緯80度は昼も夜も景色があまり変わらない世界である(特に曇りの日は).したがって時計を見ない限り,周りの様子から今何時か想像するのは困難なのであるが,さすが人間には体内時計が存在するため我々が目を覚ましたのは朝の7時であった.窓から外を見るとどんよりと曇っている.屋外の温度計は4℃を指していた.今日はオプショナルツアーのトレッキングに参加する予定である.前夜はカップ麺しか食べていないためおなかが空いている.まずは朝食にしようとレストランに向かった.
 レストランは2階のフロントの奥にある.真っ黒で分厚い扉をあけて中に入ると結構小奇麗なテーブルが並んでいる.まだ朝としては早いのか客はまばらであった.朝食はビュッフェスタイルで,ヨーロッパのそれなりのホテルの朝食といった感じであった.内容は飲み物としてジュース(オレンジ,アップル)や牛乳にコーヒーや紅茶,フランス風ではなくアメリカ風のパン(いわゆる食パン.一切れのサイズは日本の食パンより小さい.

スピッツベルゲンホテルのレストラン入口

ホテル前で出発を待つ私.100円カイロを装備するなど防寒は必須である
 
白い普通のパンのほか,北国風のライ麦パンもある),チーズおよびハムが各種,それとサラダ(スバールバルの宿命か野菜は数が少なく萎れている)であった.
 朝食をすませた後部屋に戻り出発の準備をする.北緯80度は真夏でも寒いので防寒具を着込み使い捨てカイロをセットした.10時に現地旅行会社のスピッツベルゲントラベル(南太平洋リゾートにおけるサウスパシフィックツアーズみたいなものか)が迎えに来ることになっていた.
 


ツンドラを歩く

 9時45分頃ホテルの正面玄関(本当に裏口みたいな玄関)に出てみると既に白人の親子連れが来ていた.どうやら同じツアーに参加するらしい.我々と同じように防寒具に身を包んでいる.10時にスピッツベルゲントラベルの古い大型車がやってきた.ガイドらしき若い女の人が降りてきてなにやら説明をはじめた.話によると今日は山の上の霧が濃いため,山の尾根を歩くのは危険であること,そのため中腹を歩く日程に変更したいのだがそれでもいいかということであった.元々体力に自信のない我々に異存のあろうはずは無く,そのまま参加することにした.
 スピッツベルゲンホテルを出発した大型車は途中ラディソンSASホテルに寄り,そこで更に数組の客を乗せた.その後メイン道路を走りUNISのT字路を右折(左折すると空港に行く)したが,周囲はあっという間に原野のみとなった.何も無いところを10分位走り,犬が大勢いるところについた.ここは犬ぞり体験ができるところらしい.ここでスピッツベルゲンホテルで一緒だった白人の親子が降りた.どうやら彼らはトレッキングには参加しないらしい.
 白人の親子と別れた後残ったのは我々の他に,中年のカップルとアメリカから来た母親と息子(20代?),父と息子の二人連れ,それにガイドの若い女性(大きなリュックを背負い,一丁のライフル銃を持っている.どこだか忘れたが旧東欧出身であった)である.原野の一本道をしばらく走り,本当に何も無いところで突然車から降ろされた.どうやらここから歩くらしい.道路から離れてツンドラの原野に入っていく.ツンドラは踏むとまるでスポンジのようにぶよぶよしている.一歩一歩足をとられるようでとても歩きにくかった.辺りはツンドラ以外何もないのかと思っていたが,たまに山小屋のような古い家が見えた.また所々にトナカイがいてツンドラの苔を食べていた.
 歩いているうちにあたりは次第に勾配になり,地面もツンドラから岩山の露出した地帯に変わってきた.ふと地面を見るとピンク色の小さな花が固まって咲いていた(後でこれはムラサキユキノシタ(purple saxifrage)とわかった).

トレッキングのひとコマ.この辺を歩いているうちはまだ楽勝であった.このあと上りにさしかかる

ツンドラにたたずむトナカイ.苔を常食としているようであるが栄養価があまり高くはないため痩せている

スバールバルの原野に咲く高山植物.標高は低いが緯度が高いためこのような花が咲いている

雷鳥のオスである.大地に散らばる瓦礫にまぎれて見つけるのが大変である
 


白熊に襲われた小屋

 花を眺めながらのんびり歩いているうちに勾配は急になり,すっかり山歩きの様相を呈してきた.最初は余裕をかましていた我々も次第に息が上がって汗ばんでくる.もう100円カイロなんかいらない世界である.ほかの参加者はというと,ガイドの女性をはじめ年配の人まで何事もないかのように先に進んでいる.それでもなんとか付いていこうと頑張っていたが,日頃の運動不足ですっかり体がなまっている我々は次第に遅れてきた.こうなってくると周囲に咲いている高山植物なんかもうどうでも良くなってくる.

山小屋の柱にがっちりと残る北極熊の爪あと.えさを求めて中に入ろうとしたらしい
 
すっかりへばってしまったKは「もう駄目,日本に残してきたハムスターをお願い」などとわけのわからないことを言って座り込んでしまった.
 先を歩いていた人々も我々の苦境に気づいたらしく,立ち止まってこちらを見ている.私はへばっているKを引っ張り起こして人々のところにたどり着いた.ガイドの女性が笑いながら疲れたのかの訊いてきた.私はKが限界らしいと答える(実際には私もかなりへばっていたのだが).するとガイドの女性は周囲の人たちに,ここから下に降りて平らなところを歩いていこうと提案してくれた.人々も同意したため(みんな嫌な顔をせずに同意してくれた.この辺にヨーロピアンの弱者に対する配慮を感じた),下に向かうことになった.
 下に行くといっても引き返すわけではないので,目の前の急斜面を降りることになる.この斜面は砂利のような小石が敷き詰められており,足場は極めて悪い.下手をするとそのまま下まで滑り落ちそうである.なんとか瓦礫の山を下って再びツンドラ地帯に入った.ツンドラのぶよぶよした感触も山登りよりはましである.しばらくツンドラのトレッキングが続く.途中日本ではあまりお目にかかれない雷鳥の姿も見られた.
 30分ほどのトレッキングの後,原野の中にポツンとある一軒の小屋にたどり着いた.ここで休憩と軽い昼食になる.小屋の前でガイドが柱についている大きな爪あとを示した.これは白熊が小屋の中に入ろうとしてつけた爪あとらしい.一同柱を抉り取った大きな爪あとに目を見張る.こんなやつに襲われたらひとたまりもない.あらためて白熊の恐ろしさを実感するとともに,ガイドがライフルを携帯している理由にも納得できた(ちなみにスバールバルでは街から外に出る時は銃を持参するか,銃を持ったガイドを同行させることが義務付けられている).
 


ネイチャーセンター

 小屋の中で軽い昼食(ガイドの大きなリュックの中身はこの昼食であった)をとり,暫しの休憩のあと出発となった. 
 再びツンドラのトレッキングであった.途中川に遭遇し,飛び越え損ねて靴の中が水浸しになったりしたが,休憩を取ったためか苦労することもなく歩くことができた.30分程歩いた後ちょっとした集落のようなところについた.ここがネイチャーセンターで,中ではたくさんの犬が飼われていた(犬ぞり用の犬らしい).ハスキー犬のけたたましい鳴き声があちこちに響いている.大型の犬が苦手なKはワン,ワンと声がするたびに驚いて飛び跳ねていた.ネイチャーセンターには今朝我々が乗ってきた自動車が待っていた.ネイチャーセンターで30分位ぶらぶらした後元の車でロングイヤービーエンの町に帰ってきた.

ネイチャーセンターの入口

ケージの中では犬たちが観光客を見るたびに吠えている
 
     


スバールバル教会と博物館

 我々がホテルに戻ったのは午後2時頃であった.昼食はトレッキングで済ませたのであまり空腹は感じない.夕食まではまだ時間があるため,市内観光に出かけることにした.ロングイヤー川の東岸は昨日見て回ったのでこの日は西岸を歩くことになった.
 ホテルを出て例の坂道を下りメイン道路に出る.そこから100メートルほど北上すると左手に川をわたる橋があった.川を渡り道なりに北上すると右手に赤い三角屋根のみすぼらしい建物が見えてきた.これがスバールバル博物館であるが,ここの見学は後回しにしてまずその先にある教会に行って見ることにした(この教会は前日の市内観光の帰路にメイン道路から見えた尖塔のある建物である).ノルウェーは新教の国なのでここもプロテスタント教会である.とても小奇麗な建物で先ほど見た博物館とはだいぶ違う.さすが教会と感心した(教会の内部は礼拝堂のほか,本が並んでいるところやお茶を飲めるところなどがあった).
 教会の見学を終え今度は博物館を見学しようと来た道を引き返した.スバールバル博物館は平屋の何の変哲もない建物で博物館の看板がなければただの物置小屋にしか見えないものであった.中に入ると例によって下足所がありそこで靴を脱いで中に入る.下足所の脇には受付がありそこで入場料を払うようになっていた(ここでは絵葉書やガイドブックなども売っていた).受付のそばにはこういった施設には必ずある旅行者が自由に書き込めるノートが置いてある.他に日本人旅行者の足跡がないか探してみたが数ヶ月に一組程度の頻度で来ているようであった.

スバールバル教会.
見ての通りとても小
奇麗な建物である

スバールバル博物館の
入口に立つ私

これがスバールバルで流通しているButikkenの袋
 
 博物館の内部は決して広くはないもののスバールバルの歴史(第2次大戦中に砲爆撃を受けて廃墟になった写真もあった)や地理,動植物についての展示が充実しておりなかなか見ごたえがあった(表記はノルウェー語や英語で当然日本語はない).結局1時間ほど見学をして外に出ることにした.中は暖房が効いているため外に出ると寒さが身にしみる.このまま帰ろうかと思ったが,明日は終日クルーズ,あさってはもう出発の予定であったため買い物するなら今日しかないということになり,商店街の方に行くことにした(スバールバルに来たからには何としても白熊のネクタイが欲しかったのである).
 昨日はbutikkenで買い物をしたので今日はLompenに行くことにした.Lompenは衣料品店や電器店,登山用具店,フードコートなどが入っているショッピングモールである.紳士服屋と思われる店があり,ここならネクタイを売っているだろうと考え中に入った.色々なネクタイがあったが白熊の絵柄のものはあまりない.ようやく紺色で地味な絵柄のネクタイを見つけたため購入することにした.レジでお金を払うと(日本でもそうだが)ビニールの袋に商品を入れてくれる.その袋にはなんとButikkenの文字が!昨日Butikkenで買った時のと同じ袋である(後でわかったのだがロングイヤービーエンではどの店で買い物をしても袋は全て同じであった).想像するにこの町の商店組合(そんなものがあるのかどうか知らないが)で共同で袋を作っているのかもしれないと思った.
 


北緯78度の真夜中の太陽

 買い物からホテルに戻ったのは7時頃であった.夕食にちょうど良い時間である.昨夜はカップ麺だったため今日はホテルのレストラン(Funktionaermessen Restaurantというらしい)で摂ることにした.ここのレストランはビュッフェとアラカルトの選択性になっておりこの日はビュッフェにした.内容は魚料理が中心で肉としてはチキンや牛肉のほか変り種としてトナカイや鯨肉もあった(さすが捕鯨国).味はノルウェーだけあって舌がとろけるわけではなかったがそれなりに食べられるものであった.ついでにワインを注文した.夕食時ではあったが窓から見える景色は朝食時と全く変わらない.まるで朝からワインを飲んでいる気分であった.部屋に戻ると酒の酔いが一気にまわりあっという間に寝てしまった.
 どれだけ眠ったかわからないが私はふと目を覚ました.時計を見ると午前1時を指している.起きてカーテン(白夜地帯のホテルは夜眠れるようにカーテンはかなり厚手である)を少し開けて外を見ると青空が広がっていた.スバールバルに来てはじめての青空である.ロングイヤービーエンはほぼ東経15度にありサマータイムのため現地時間の午前1時に太陽が真北に来るはずである(北中).今がその時だとばかり,私は飛び出した.

午前1時,北中の真夜中の太陽.ノルウェー本土と違い真昼のような明るさである


午前1時,真夜中にホテル前のベンチに座る私.顔がとても眠そうだが実は感動している

 
外に出てみるとホテルの北,ちょうど海の方向に白い太陽が燦燦と輝いていた.4年前ノールカップで見た夕陽のようなオレンジ色の真夜中の太陽ではなく,白く輝く真昼のような太陽である.この太陽を見て本当に来て良かったとの実感がこみ上げてきた.  



 

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