ビザンチン皇帝の部屋 本文へジャンプ
アクセスカウンター
 SINCE 2011年9月25日
       

スバールバル旅行記(2)


2003年6月29日(日)


出発

 成田発のヨーロッパ行きの便は基本的に午前中から昼ごろに日本を出発するものが多いため,私のような地方に住んでいる人間はどうしても首都圏に前泊する必要がある.以前は東北線に夜行寝台の「はくつる」があったのでそれに乗り,朝上野駅に着いて京成スカイライナーで成田に行くというワザが使えたのだが,JRのダイヤ改正(改悪?)によって「はくつる」がなくなってしまい,今では否が応でも前泊しなければならなくなっている.今回は上野のビジネスホテルに泊まって朝成田空港第2ターミナルに行った.
 空港は午前中ということもあり多くの人でごった返していた.搭乗手続きをすませ,早々に出国審査を終えた.免税店でタバコとウイスキーの小瓶を買って搭乗ゲートに向かった.今回の旅行に使用した航空会社はスカンジナビア航空(SAS)である.1999年のノルウェー旅行の際にも当初ここを使うつもりだったのだがチケットが取れずにルフトハンザになったいきさつがある.友人からSASの飛行機は小さいぞと教えられていたのだが,最近はエアバスA340-300を使っているらしいので,私としてはあまりそうは感じなかった(2002年のエアタヒチヌイも似たようなものだったので感じなかっただけかもしれない).
 11時45分少し過ぎにSK984便はコペンハーゲンに向けて出発した.飛行時間は10時間30分である.ヨーロッパ行きの便は昼に日本を発ち,現地の夕方に到着するため機内で寝ないのが時差ぼけにならないコツである(と私は思っている).本を読んだりして時間をつぶしていると食事の時間が来た.食事は選択もなく,主菜はチキンとパスタを合わせたものといたってシンプルであった.日本発の便であるため一応おにぎりも着いていた(おにぎりの具材がツナであるのは外国人にも食し易いようにという配慮であろうか).
 長い飛行の後無事にコペンハーゲン空港に到着した.
 


オスロの危機

 到着ゲートはCピアゲートであった.ここは国際線専用のゲートで進んでいくとパスポートコントロールがある.デンマークとノルウェー間の路線は国内線扱いのため,ここを通って国内線用のゲートに行かなくてはならない.入国審査はパスポートを見る程度の簡単なものですぐに通過することができた.内部に入ると,さすが北欧の玄関口だけあってたくさん人で賑わっていた.洋服やアクセサリー関係の店も充実している.1時間半くらい待ち時間があったため空港内のカフェでビールを飲んで時間をつぶすことにした.

スカンジナビア航空の機内食.特にこれといった特徴はなく平凡である
 
 現地17時50分にSK470便でオスロに出発する.今度の飛行時間は1時間である.改めてフィンツアーからの日程表を眺めているうちに気になる点を見つけた.SK470便のオスロ到着が18時55分であり,乗り換えのトロムソ行きのブラーテンズ航空BU465便は19時45分出発である.オスロでは入国審査はないものの,荷物を一度受け取って税関を通りBU465便の搭乗手続きをして再び荷物を預ける必要がある.50分で間に合うだろうか.一度気になりはじめるとどんどん不安が増してくる.乗り遅れたらどうしよう,BU465便はトロムソ行きの最終便である.資料についてきたオスロのガーデモーエン空港の案内図を懸命に眺めて最短コースの確認をする.そうこうするうちに飛行機はガーデモーエン空港に着陸した.ゆっくりと機体を回してゲートに向かっていく.飛行機を降りたらもう19時5分になっていた.私とKは急いで荷物の受け取りに行く.ターンテーブルが動き出して荷物が続々と出てくるのだが,こんなときに限って私たちの荷物はなかなか出てこない.イライラしているうちにようやく出てきた.もう19時15分になっている.そこから急いで税関をくぐるが,別に申告するものがあるはずもないので緑色のゲートをくぐって到着ロビーに入る.フィンツアーの案内によれば到着ロビーの脇にトランジットの受付があり,そこで荷物を預けて手続きをすることになっていたが(いない場合は航空会社のカウンターで手続きをしろと書いてあった)受付はもぬけのカラであった.仕方ないのでカウンターを探すべく2階の出発ロビーに向かった.出発ロビーに行くと航空会社の受付カウンターが多数並んでいた.めざすブラーテンズ航空のカウンターはどこだろうと右往左往しているうちに時間をロスしてしまう.ようやく目指すカウンターを見つけたがなんと長蛇の列.時間はと見ると,げっ19時30分,出発の15分前である.カウンターには30人くらいは並んでいる.このままではどう考えても間に合わない.仕方がないので非常手段とばかり,列の前に割り込んで必死に訴えた.カウンターのお姉さんは怪訝そうな顔をしていたが,時間がないことを告げ航空券を見せると事情を理解してくれたらしく「OK」といって手続きをしてくれた.荷物を預けてセキュリティをくぐるが幸いブザーはならない.お約束のように出発のゲートは空港のはずれでかなり距離がある.こんなときに限って動く歩道も止まっていたため私もKも必死で走った.日頃の運動不足のせいか心拍数がどんどん上がるのを感じる.なんとかゲートにたどり着いた時すでに他の乗客は乗り終わった後であった.まさに危機一髪である.  


ロストバッゲージ発生

 やっとの思いで飛行機に乗り込んだがこの便は自由席であった.私たちは最後に乗り込んだため席は大方埋まっている.仕方ないのでKとは離れて空いているところに座った.まもなく離陸し一路北極圏の街トロムソに向かった.トロムソはほぼ北緯70度に位置し,「北のパリ」とも呼ばれる北極圏最大の都市(ノルウェーのみならず,ロシアやアラスカを含めて)である.1999年の旅行の際は丸一日滞在している町だ.飛行時間は約2時間,コペンハーゲン−オスロ間より長い.改めてノルウェーが南北に細長い国であることを実感する.

ロムソ空港内部.ノルウェー国内では第2位の利用客数を誇る空港らしい
 
 21時35分に無事トロムソに到着した.21時といえば日本では真夏でも真っ暗になる時間であるがさすが北緯70度,真昼のように明るい.青空に太陽が燦燦と輝いている.空港内に入りターンテーブルから荷物が出てくるのを待つ.私のスーツケースはすぐに出てきたが,Kのがなかなか出てこない.オスロで駆け込みで乗り込んだので,もしやといやな予感がする.時間だけが過ぎて非情にもターンテーブルは止まってしまった.万事休すである.Kはまるでこの世の終わりが来たかのように落ち込んでいる(大げさなやつだ).ブラーテンズ航空のカウンターに行き荷物が出てこない旨伝えると,さすがに慣れているのかすぐにパソコンで検索してくれたが,まだそれらしい情報は入っていないとのこと.仕方ないのでロストバッゲージのカードを渡され,明朝電話するように言われた.オスロの危機といい,どうも今回の旅行は幸先が悪い.私たちはロストバッゲージのショックで疲れ果て,さっさとホテルに行って寝ることにした.  


白夜のトロムソ

さて,市内に向かうことにしたのだが,シャトルバスは既に出発した後なのでタクシーで行くことになった.ノルウェーのタクシーはメーター制の明朗会計である.Kはといえば自分のスーツケースがテルアビブで発見されたらどうしようなどとわけのわからないことを言っている.トロムソの街はノルウェー本土から長い橋(トロムソ橋)を渡ったトロムソ島にあり,空港は街から山を越えて(それほど標高が高いわけではないが)本土と反対側にある.1999年の時は峠道のようなところを通って市内に入った記憶があったが,今回は長いトンネルを通った.この4年の間に新しくできたのだろうか.10分ほどで今回の宿泊先であるラディソンSASトロムソに着いた(1999年にはこの近くのリカ・イースハーヴスであった).チェックインして部屋に入ると窓からトロムソ橋が見える.Kはというとロストバッゲージのショックからまだ立ち直れないらしい.遅い夕食にしようとしたが,この日に食べるつもりだったカップ麺がKのスーツケースに入っていたため食べられず,やむなく機内荷物に残っていたお菓子でごまかした.オスロからの機内ででたサンドイッチを食べていたので特におなかがすいて困ることはなかった.22時30分になっていたが外はまだまだ明るい.荷物の行方が気になったが,明日はいよいよスバールバルということでさっさと寝ることにした.冷蔵庫から地元のマックビール(北ノルウェー産のビール.工場はトロムソにあり,トロムソほかノールカップ等北極圏全体に流通している)を出して飲む.外は明るくてまるで昼寝のような感覚だが,日本からほとんど寝ないままここまで来たためすぐに眠りに落ちた.

午後10時30分のトロムソ.正面に見える長い橋がトロムソ橋である.その手前の建物が1999年に泊まったホテル

ラディソンSASトロムソの客室.ロストバッゲージのショックで寝てしまったK.白夜のため電気をつけなくてもこの明るさ

これが北ノルウェー名産のマックビールである.北極圏全体に流通しているがなぜかスバールバルにはなかった
 



 

スバールバルトップに戻る   旅行記(1)へ   旅行記(3)へ