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 イスタンブール旅行記(8)


2009年9月5日(土)


ゴート人の塔

 さて,イスタンブール滞在最終日の朝がやってきた.泣いても笑っても最終日,この日の夕方には帰国の飛行機に搭乗しなくてはならない.残された時間は少ないということでさっそく行動を開始した.
 この日は徒歩圏内を中心に観光することにしていたが,まず目指したのは旧市街先端部のトプカプ宮殿に隣接したギュルハネ公園である.世界中の観光客が押し寄せるイスタンブール屈指の観光地であるトプカプ宮殿と違って,こちらのギュルハネ公園は主に地元民が散歩したりして過ごす憩いの場である.この日もベンチで寛ぐ老人や犬の散歩をしている人など隣のトプカプ宮殿の喧騒がウソのような静けさであった.
 とはいえ,我々がここにやってきたのは何も地元民の日常を眺めるためではない.実はこの公園に重要な史跡があるからなのだ.それはこの公園の突端,マルマラ海と金角湾,そしてボスポラス海峡が一望できる岬にある一本の柱である.この街にやってくる観光客の99%はその存在すら知らないであろうこの柱,なんとこの街がコンスタンティノープルにすらなっていなかった時代のものである.3世紀,ローマ帝国が弱体化し始めた頃,しばしば帝国内に侵入してきたゴート人を打ち破った皇帝クラウディウス2世の功績をたたえて建てられた柱である.今はゴート人の柱と呼ばれるこの柱,当時はそのてっぺんにクラウディウス2世の像が載っていたと言われているが今は何もないただの柱である.しかし,2000年近くにわたってこの街を見下ろしてきた史跡なのである.

隣のトプカプ宮殿の喧騒がウソのようなギュルハネ公園

これが3世紀に建てられたゴート人の柱です

かつては皇帝の像が立っていたそうです
 


エミノニュ界隈

 ゴート人の柱を見学した後は近くにあったカフェに入った.イスタンブールを去る日に最後のチャイをいただこうという寸法である.注文して待っていると,チャイが登場,しかも今回はティーポット付きである.トルコのチャイはチャイダンルックと呼ばれる2段式のポットの上段に茶葉と少量の水を,下段に大量の水を入れて火にかけ,下段の湯が沸騰してその熱で上段の茶葉が煮だされて淹れられる.その後上段の煮だしたチャイを少量容器に入れ,それを下段のお湯でお好みに割っていただくという寸法である.これまで飲んだチャイはすべて完成形のものだったので今回の形式は新鮮だった.
 ティータイムの後はそのまま海岸道路に出てガラタ橋方面に歩く.しばらく行くと左手に古風な駅舎が見えてきた.ここがイスタンブールのヨーロッパ側にある鉄道の終点シルケジ駅である.ヨーロッパ各地からやってくる国際列車の終着駅で,かつての有名なオリエント急行の終点もここシルケジ駅であった.駅舎にはかつて国際列車が走っていた賑わいはなかったが,そのたたずまいから歴史を感じることができた.
 その後はガラタ橋まで繰り出して釣り客を冷やかしたり,近くにあるエジプシャンバザールをのぞいたりして時間を過ごし,近くのカフェでランチを摂ってホテルに戻ったのだった.

独特な形のチャイダンルック

シルケジ駅です

ガラタ橋は釣り人でいっぱい
 

エジプシャン・バザール

賑わっています

こんな看板も
 


帰国へ

 荷物整理はあらかた終わっていたため,迎えが来るまで部屋でゆっくりしていた.そして14時にいよいよ迎えがやってきた.今回はこれまでと違った係員である.そのまま車で空港に向かう,いよいよこの街ともお別れである.またいつの日か必ず来るぞと決意を固めながらその光景を目に焼き付けた.
 ほどなく車はアタチュルク空港に到着,チェックインを済ませてそのままセキュリティチェックに向かう.「そういえば街で買った飲みかけのミネラルウォーターがあった.こりゃ没収だな」と係員に差し出したら,その係員,手を振って「No problem」といって突っ返してよこした.何がどう No problem なのかわからなかったが,国際線といってもすべての場所で液体物禁止とは限らないんだと妙に納得したのだった.
 こうして出国審査を抜けた我々はほどなく機上の人となったのだった.

        完(明日からまた日常の世界)
   



 

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