ビザンチン皇帝の部屋 本文へジャンプ
アクセスカウンター
 SINCE 2011年9月25日
       

 イスタンブール旅行記(7)


2009年9月4日(金)


ハマムを体験

 イスタンブール滞在第5日目の朝を迎えた.この日も当然のように快晴である(いったい2日目はなんだったのか…).前日結構ハードに動いたこともあり,この日は少しゆったりと行動することにした.まず午前中はハマムの体験,ハマムとはトルコ式の蒸し風呂のことである.今から20年くらい前まで日本国内の繁華街にもトルコ風呂と称する施設があったが,もちろん全く別物であるのはいうまでもない(笑).
 トルコ人の入浴好きは有名で,中央アジア時代の蒸し風呂の伝統にローマ・ビザンチン風の大浴場が混じって今ある形になったらしい.今回繰り出したのは,旧市街の中心部にある創業1741年(江戸時代中期)の老舗(シャーロウル・ハマム)だった.

Cagaloglu Hamamのロビー

ここがハマム内部
 
 行ってみると入口はこじんまりしているものの中は広々としている.男性用と女性用があり,ここでKと別れることになる.男性用のブースに行くと,ちょうどスーパーマリオそっくりのオッサンが待っていた.マリオにチェックのタオル(これを腰に巻く)を渡され,着替え室に入るよう促される.着替え室はちょうど一人用らしく,昔の寝台車の一人用個室くらいの広さで,中には寝台も付いていた.ここで服を脱ぎ浴場に入る.
 浴場は一面大理石の広々とした造りであった(ローマ風か?).天井にはドームもあって,天窓から光が差し込んでいる.午前中ということもあるのか他に客はおらず貸切だった.
 まずは浴場中央の大きな円形の台に寝そべる.浴場内はそれほど熱くはないのだが,じっとしているうちにだんだんと汗が出てきた(この辺は最近日本でも人気の岩盤浴のイメージか?).しばらくしていると例のマリオが登場,マッサージ・シャンプー・垢すりという一連の流れになった.特に垢すりが強烈でふにゃふにゃにされてしまった(すごく気持ちよかったです 笑).
 その後は再び台に寝そべって汗を流す.適当なところで浴場を出て,タオルで体を拭き,さっき着替えた部屋に入ってしばらく休憩である.気持ちよくてうとうと寝てしまった.日本の公衆浴場なら,風呂上りにはコーヒー牛乳が定番であるが,残念ながらここには存在しないようであった. 
 


グランドバザール

 ハマムでしばらくまったりした後,今度はここの近くにある有名なグランドバザールに繰り出した.日本でも「バザールでござ〜る」というフレーズで有名になった場所である.ここの歴史は古く,15世紀にこの街を攻略したオスマン帝国のスルタン,メフメト2世が命じて造らせたといわれている.全体に屋根がかかった全天候型商店街といった感じである.中には狭い通りに面して,各種宝飾店やお土産物店などが軒を連ねていた.バザールは大勢の買い物客でごった返していたのだが,ちょうどドラマか何かのロケをやっているらしく,俳優さんやスタッフの一群を見かけた.私とKは何か面白そうなものがないか物色していた

グランドバザール入口
 
のだが,ウワサ通り怪しげな日本語で話しかけてくる人がけっこういて面白かった(「お前ら元気かよ!」と声をかけてきた店員がいた.誰か日本人観光客が教えたんだろうな 笑).   

人で賑わうバザールの内部

なにやらロケが…

外にもたくさんの店が
 


ドルマバフチェ宮殿

 さて,グランドバザールの見学を終えた我々はいったんホテルに戻った.ちょうど昼食時だったのだが,ハマムでゆったりしてきた直後ということもあり外には出ず,非常用に残してあったカップ麺を作って済ませた.しばし休んだ後,午後の活動開始となる.
 この日の午後は新市街にあるオスマン朝後期の宮殿であるドルマバフチェ宮殿の見学がメインの予定である.オスマントルコの宮殿は15世紀後半からトプカプ宮殿にあったわけだが,近代化の流れの中で手狭となってきたために,1843年新市街のボスポラス海峡に面した庭園跡にアブデュルメジト1世の命によって着工,1856年に完成し以後第1次世界大戦後の革命に至るまで王宮として使われていたものである.
 
 さて,ホテルを出発した我々は最寄のトラム駅,スルタンアフメット駅に出た.ここから東行きに乗りこむ.電車はアヤ・ソフィアやトプカプ宮殿を右手に見ながら進み,旧市街と新市街を結ぶガラタ橋(昨日ガラタ塔から見えた橋)を渡り,そのままボスポラス海峡沿いを進んで終点のカバタシ駅に到着した.ここからさらに海沿いに歩くと目指すドルマバフチェ宮殿に到着である.ここは一度に入場できる人数が制限されていて,混んでいる時間帯だと入り口で待たされることもあると聞いていたのだが,予想通り待たされた(笑).
 内部は残念ながら撮影禁止だったのだが,ここはオスマン帝国最盛期の宮殿であるトプカプと比べると敷地面積的には小さいものの,部屋(285室)やホール(43室)の数では前宮殿をずっと上回っている.ヨーロッパの影響を強く受けた壮麗な建築様式と相まって,スルタンの栄華を今に伝えるものとなっていた.内部はセラムルクと呼ばれる公的なエリアとハレムにはっきりと分かれている点はトプカプ宮殿と同様である.セラムルクの部屋はイスラム風というよりもヨーロッパ風の雰囲気が濃く,この辺りに近代化を目指して苦悩していた当時のオスマン帝国の様子が垣間見られた.
 第1次世界大戦とその後のトルコ革命によって,最後のスルタンメフメト6世がこの宮殿を去り,オスマン朝が正式に滅亡すると,この宮殿は新生トルコ共和国の大統領執務所となった.初代大統領にしてトルコ共和国建国の父といわれるケマル・アタチュルクは宮殿内のハレムの一室を改造してそこを執務室としていた(彼自身も1938年11月10日,この部屋で亡くなった).現在この部屋は公開されており,豪華な宮殿の中でもここだけは非常に質素で,彼のキャラクターが偲ばれた.
 宮殿内部の観光は基本的に集団で動くスタイルのため,人々の流れに従って見学は終了した.その後は,これもまたヨーロッパ風の庭園を散策して過ごしたのだった.

ドルマバフチェ宮殿の重厚な入り口です


微動だにしない衛兵は観光客の人気の被写体です


ヨーロッパ風の中庭


豪華な宮殿です
 

海の向こうはアジアです


アタチュルクの執務室(Wikipediaより)

宮殿を退去するメフメト6世(Wikipediaより)
 


イスティクラル通りの散策

 ドルマバチェフ宮殿の観光を終えた我々は,今度はタクシム広場を目指すことにした.昨日トラムで素通りしたイスティクラール通りを散策するためである.とはいえタクシム広場のある辺りは結構標高が高く,宮殿のある海岸部から歩いていくと結構大変なので,もと来た道を引き返しカバタシ駅から地下ケーブルカーを利用することにした(ケーブルカーというあたりが標高差を物語っている).さすがにケーブルカーは速く,わずか数分でタクシム広場に到着した.
 地下駅から地上に出て,イスティクラール通り散策の開始である.昨日も書いたようにここは石畳の路面電車と歩行者のみのイスラム圏っぽくないヨーロッパ風の通りである.この日も大勢の観光客や地元の人達でごった返していた.
 今回の旅行で我々はJTBの個人旅行を利用したのであるが,実はこれにはサービスとしてイスティクラール通りの喫茶店でチャイをいただけるクーポン券が付いていた.ということで通りを散策しながら我々はその喫茶店にも立ち寄った.
 約1時間ほどの散策でトラムの終着駅テュネルに着いた.昨日はここから歩いてガラタ塔に行ったのだが,この日は特に用はないので昨日乗らなかった地下鉄で下界に降りることにした.前も触れたがこの地下鉄が東洋最古の路線である(もっとも所在地はヨーロッパ側だから

線路も関係なく歩いています

焼き栗を売っています

東洋最古の地下鉄
 
厳密に東洋といえるか微妙だが).とはいえ非常に短い路線なので2〜3分で終点のカラキョイに着いてしまった.そこからはトラムでホテルに戻ったのだった.今夜はこの後ガラタ塔上のレストランでディナーショーということで,シャワーを浴びて迎えを待った.
 

イスタンブール新市街の古風なトラム
 


ディナーショー

 日が暮れて,約束の時間に迎えの車とガイドがやってきた.今日のガイドも初日からお世話になっている女性である.海沿いの道路を通ってあっという間にガラタ塔に到着した.
 開始まで少し間があるということで,まずはテラスからイスタンブールの夜景を見物する.この街は全体的に暖色系の照明が使われており,これがオリエント風の雰囲気を醸し出すのに効果的である.この日はほぼ満月であり,東のボスポラス海峡が月の光で輝いていた.
 しばらくして時間となりレストランに入る.各テーブルにはこの日のゲストの出身国の国旗が飾られている.我々のテーブルはもちろん双頭の鷲… ではなくて日の丸だった(笑).この日の食事は,まずチーズやハム,野菜などの前菜の盛り合わせ,次にメインとして羊肉料理にポテトとライスの付け合せにサラダと続く.締めのデザートが終わったところでいよいよショーが始まった.
 トルコの夜のエンターテイメントといえばなんといってもベリーダンスである.スレンダーな女性ダンサーが高速で回転しながら優美に踊るさまは,見てい方が目が回りそうな感じがした.ベリーダンスの他にはトルコの民俗舞踊や,さらにはゲストの国の音楽も奏でていた(日本の音楽として「上を向いて歩こう」が演奏されていたが,やっぱりあの曲の知名度が抜群なんだろうな)のだが,その他余興として,ゲストの女性が登壇してスルタンに扮した役者さんにデザートを食べさせてもらうイベントなども行われた(ウチのKも動員されていた 笑).
 そんな感じでショーの時間は過ぎてゆき,お終いの時間となる.我々は送迎の車でホテルに戻ったのだった.いよいよ明日はこの街を去る日である.

夜のガラタ塔

ガラタ橋の向こうにライトアップされたアヤソフィアやブルーモスクも


ボスポラス海峡に浮かぶ満月
 

手前はガイドさんです

高速回転するダンサー

スルタンに捧げられたK
 



 

イスタンブールトップへ   旅行記(6)へ   旅行記(8)へ