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ビザンチン的生き方とは


 ここまでビザンチン帝国の歴史を見てきた.この1000年にわたって続いた帝国の特徴とはなんであろうか.ひとついえるのは,この国には強烈な理念がある一方で現実世界に対応する柔軟な姿勢があることである.ビザンチン帝国では自分たちがローマ人であるとかたくなに言い続けていた.7世紀以降古代ローマ帝国時代の領土は大幅に失われ,人種的にはほぼギリシャ人となり,公用語もラテン語からギリシャ語に代わった後もローマ人にこだわった.10世紀には彼らをギリシャ人と呼んだローマ教皇に対して激怒した皇帝もいた.井上浩一氏の著書には次のような記事もある.少し長いが引用する.

 「ビザンチン帝国では,都コンスタンティノープルの宮殿において皇帝の即位式が行われる時,”デーモス”と呼ばれる人々が”ローマ人の皇帝万歳”を唱えることになっていた.デーモスとは市民とか民衆という意味のギリシャ語である….これはいうまでもなく,皇帝は市民のなかの第一人者である,というローマ古来の理念を受け継いでいたのである.ローマの伝統を受け継ぐビザンチン帝国ということ,それ自体には取り立てて不思議はない.この国の特異な性格はその先にある.”デーモス長”は皇帝直属の高級官僚であり,”デーモス”もまた国家から給料を得ている下級役人であった….のちにみるようにビザンチン皇帝は,ローマ皇帝と異なり絶対的な権力者であった.それにもかかわらず,建前としての”市民の第一人者”を維持するために,わざわざ宮廷に”市民”を雇い,その歓呼によって即位するという形をとったのである.”市民”という名の役人を雇っている国家,ビザンチン帝国とは実に奇妙な国家であったといわねばならない.」(文献1より).

 こうしたかたくななまでの建前の一方で,ビザンチン帝国の国家機構は時代とともに大きく変わってきた.4〜5世紀のゲルマン人の侵攻,7世紀のアラブ人の侵攻,11世紀のセルジュク・トルコの侵攻,13世紀の十字軍士の攻撃と帝国は幾度となく滅亡寸前の状況に追い詰められた.しかしそのたびに救世主となる優れた皇帝が出現し,国家体制を時代にあったように作り直している(パンとサーカスの廃止,テマ制の採用,プロノイア制の採用など).皇帝自身の立場も当初の市民の第一人者から絶対専制君主を経て,末期のプロノイア制では貴族内の第一人者という立場に変化している.そこには伝統やしきたりに凝り固まったといわれる守旧的なビザンチンの姿とは全く違った側面が見られるのである.この強烈な理念とその対極にある現実への柔軟性こそビザンチン1000年の理由であろう.どんな国でも理念だけでは1000年も続くはずはない.一方,周囲の国際環境に柔軟に対応するだけでは国としてまとまることは困難であろう(国家機構の改編には当然痛みを伴い,必ず反発する階層があるから).ビザンチン帝国のように強烈な理念があるからこそ,たびたびの国家体制の改変にも国が分裂しなかったのである(しかもビザンチンの理念は決して夢物語ではなく,少なくとも6世紀にはユスチニアヌスの元で一度は達成された理念であった).
 このビザンチン帝国の特徴は,なにも国家にのみ適応するものではない.人間個々の生き方にも応用可能である.私たちは日常の社会生活で多くの人や組織と関わりあいながら生活をしている.そこでは自分の意思だけを押し通して生きていくことは不可能であり(山奥にでもこもって仙人のような生活でもすれば別だが),時には自分の意思を曲げることも必要である.ただ自分の理念を持たずにただ世間に順応する根無し草のような人間では,単なる世渡り上手であり,決して尊敬されることはないであろう.私がビザンチン帝国に強く惹かれるのは,順応性に富みながら,中心に一本強い芯がある,こうした生き方に憧れるからである.
 ちなみに私のハンドルネームはビザンチン帝国の始まりと終わりの皇帝であるコンスタンチヌスに21世紀の21世をくっつけて作ったものである(藤子不二雄の21えもんみたいなものか 笑).ビザンチン帝国よ永遠なれ!


参考文献
  1. 井上浩一 「生き残った帝国ビザンティン」 講談社現代新書 1990
  2. 渡辺金一 「中世ローマ帝国 −世界史を見直す−」 岩波新書 1980
  3. ポール・ルメルル 著 西村六郎 訳 「ビザンツ帝国史」 文庫クセジュ 2003
  4. 湯浅赳男 「世界五大帝国の興亡と謎」 日本文芸社 1989
  5. エドワード・ギボン 著 中倉玄喜 訳 「新訳ローマ帝国衰亡史」 PHP 2000
  6. ミシェル・カプラン 著 井上浩一 監修 「黄金のビザンティン帝国」 創元社 1993
  7. 金森誠也 「30ポイントで読み解くローマ帝国衰亡史」 PHP文庫 2004
  8. 浅野和生 「イスタンブールの大聖堂」 中公新書 2003年
  9. エドワード・ギボン 著 吉村忠典,後藤篤子 訳 「図説 ローマ帝国衰亡史」 東京書籍 2004
 10. J. M. ロバーツ 「世界の歴史4 ビザンツ帝国とイスラーム文明」 創元社 2003
 11. 最新世界史図説タペストリー 初訂版 帝国書院
 12. 岡田 巧 「図解雑学 世界の歴史」 ナツメ社 2003
 13. 塩野七生 「コンスタンティノープルの陥落」 新潮文庫 1991
 
 
 
   
   
   

 

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