日本の敗戦はショックだったが,我々は涙している暇はない.さっさとシャワーを浴びて準備しなくてはならないからだ.着替えをして軽く食事を摂り(博物館からの帰りに,売店でクロワッサンを買っていた),おもむろに出かけたのだった.ウィーンの国立歌劇場は,ミラノ・スカラ座,パリのオペラ座と共に世界の三大歌劇場に数えられる有名どころである.昨日訪れたアン・デア・ウィーンが大衆的な劇場であったのに比べて,建物から装飾に至るまで品格に満ち満ちている.会場に入りまずは席を確認する.我々の席はパルケットと呼ばれる,1階の平土間席である.席について周囲のボックス席を見渡すと,老若男女が着飾って並んでいる.開演前から雰囲気は盛り上がってくる(この華やかな服装が,歌劇場の雰囲気作りに重要であり,こういう場にラフな格好でやってくるのはやはり,すさまじきこと(興ざめなこと)であろう.もっとも,一般客の目に触れない天井桟敷ならいいかもしれないが).
そうこうしているうちに開演の時間となった.序曲に引き続いて,開幕である.この「魔笛」は,主人公の王子タミーノが大蛇に追われるところから始まるのだが,今回の演出はかなり変わっていた.いきなり3人の童子役の子供たちのひとりが,手に蛇の人形をはめて,他の子供が小さな斧で迎え撃つという,人形劇のような仕草から始まるのである.そこにタミーノが現れ,彼から小さな斧を取り上げ,本物(?)の大蛇と闘おうとするという演出であった.もちろん勝てなくてその場に倒れるが,大蛇は夜の女王の3人の侍女に倒される.(後でわかったが,今回の舞台は,どうも本物の世界とその縮図という構図を意識したものであるようだ)最初,人形劇のような始まり方だったものだから,我々は「エッ!?」と戸惑ったのであるが,そのうちさほど違和感を感じずに楽しむことができた.もっとも,「魔笛」は御伽噺の世界が舞台なので,ある意味で演出は何でもありという雰囲気があり,それはそれで楽しい作品である.(ところで,私が直接見たわけではないのだが,さるテレビ番組で「魔笛」が紹介された時,このオペラでも特に重要なキャラクターである鳥刺しパパゲーノについて,司会者の一人が「鳥刺しって何だか恐ろしいイメージですね」と話している場面があったらしく,「お前,(このオペラについて)勉強してないだろー!」とテレビ画面に向かって思わず突っ込んだという人のブログを読んだことがある.実際のパパゲーノはお笑い系キャラである)また,この作品では,特に夜の女王のアリアが良く知られており,特に第2幕の「復讐の心は地獄のように燃え」というアリアは,3点Fという高音が出てくることで有名である |
ライトアップされた国立歌劇場の外観です |
歌劇場の外で記念撮影です |
開演前の風景です.みな着飾って来ています.ちなみに我々の席はParkettでした |
Parkett(平土間)周囲のLoge(ロージェ)と呼ばれるボックス席です.ヨーロッパのオペラハウスの雰囲気です |
ボックス席の一番上にはGalerieと呼ばれる天井桟敷があります(最もコアな聴衆がいるところ?) |
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(なお,この作品が初演された時,この夜の女王はモーツァルトの妻コンスタンツェの姉・ヨゼファが演じた.ちなみに前掲のパパゲーノを演じたのは,台本作者のシカネーダーである.それゆえこのオペラでは,主役のタミーノよりもパパゲーノの方が出番も多く,目立っている).今回夜の女王を演じていた人(Ana Durlovskiという歌手であった)も,なかなか良い歌いぶりであった.ただしKは,この夜の女王よりも,タミーノの相手役であるパミーナのほうが好みらしい.第2幕でタミーノは数々の試練に打ち勝って無事パミーナと結ばれ(パパゲーノもパパゲーナという伴侶を得る),最終的に夜の女王側の勢力がザラストロ側に打ち破られる……という筋書きであるが,この日の演出によるエンディングは,動物たち(笛の音に聞きほれる場面がある)の着ぐるみも出てくるということもあって,何だか数年前に放送されていた「パチンコ平和」のCM(“こんな平和見たことない”といって動物たちが抱き合っているやつ)を髣髴させるものがあった。 |
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今回の演出では,賢者ザラストロの側の人々が白系の,夜の女王側の人々が黒系の衣装とメイクという,結構判りやすいいでたちであった.この作品には,奴隷頭のモノスタトスというキャラクターがいるのだが(結構間抜けな役回り),この彼のコスチュームが岩手県議会議員でもある”みちのくプロレス”のザ・グレート・サスケ氏そっくりであった(もともと彼はムーア人(黒人)のキャラなのだが,最近の演出ではあまりそういう外観に基づいた役作りはしないようである).
一方のザラストロも,何だかどこかのプロレスラーみたいなコスチュームである.またこのオペラはフリーメーソン・オペラ(今回の演出でも,フリーメーソンのシンボルである「真実の目」が効果的に使われていた)として有名であるが,ザラストロ側の人間である合唱団員の服装は,フリーメーソンというよりもなんだかパナウェーブみたいであった(胸元にバーコードらしきものがあしらわれていたが,あれは専用の機械で読み取れるのだろうか?).
余談だが,冒頭で出てきた3人の童子(タミーノを導く役柄)は,第1幕ではTシャツ姿であったが,最後のほうではモーツァルトのミニサイズのようなコスチュームであった.いずれにせよ,モーツァルト最晩年の作品であるこの「魔笛」は,ドイツ語によるオペラの最初の傑作といえるものであり,後のウェーバー(モーツァルトの妻コンスタンツェの従兄弟)の歌劇「魔弾の射手」から,やがてワーグナーに至るドイツオペラの系譜の始まりに位置する記念すべき作品なのであった.
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開演前のオケピットです |
魔笛には人間の他,キリンやワニなどの動物も登場します.背景のでっかい目はフリーメイスンの真実の目でしょうか |
カーテンコールに応える出演者たち.今回の演出では,ザラストロチームは白,夜の女王チームは黒がモチーフでした |
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品格あふれる歌劇場の雰囲気と,モーツァルトの不朽の名作オペラを堪能し,終演の時間となった.もう11時近くである.これから食事をしたくても,ほとんどの店は閉店(でなければラストオーダー)の時間に近くなっている.オペラや芝居がはねたら優雅にディナー……とは,そう簡単にいかないのが現実である(地元の人は,あらかじめ家で食事を済ませてから来るのだろうか?).深夜なのであまり街中をウロウロしたくないし,仕方がないので我々は,ホテル近くの屋台でピザを購入し,部屋に持ち帰って細々と食べたのであった.なんだかオペラ鑑賞の後にしては,貧乏臭い光景である. |
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歌劇場内にて |
幕間にはこうしてワインを飲みながらひと時を過ごします |
終演後の客席にて |
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