クルーズから帰ったあとは,シャワーと着替えを済ませて夕食である.この日はビュッフェとタヒチアンダンスの夕べであった.各種ガイドブックやホームページで,「タヒチアンダンスのショーは大抵のホテルで行われているので,一度は見ておくことを推奨する」とされているイベントである.そこで我々もそれに習い,見ておくことにした次第である.
まずディナーであるが,ビュッフェなので自分で食べる量を調整できるのが魅力である.この日は豪華に,グリルでロブスターが焼かれていた.リゾート地のディナーというと真っ先に連想されるロブスター,早速我々も取り分けて食べる.この日はチリのワインをすすめられたので,それを飲むことにした.(チリといえば,モアイ像で知られるイースター島はチリ領であるが,日本からこのイースター島へ行くには,このタヒチ経由で行くのが便利である.タヒチとイースター島がセットになったパックツアーもあるほどである.なお,この年(2002年)の4月に亡くなった,ノルウェーの人類学者ヘイエルダールは,筏船‘コンチキ号‘で南米ペルーから101日間かけてタヒチのツアモツ諸島にたどり着いた.現在では彼が唱えたポリネシア人の南米起源説はあまり支持されていないようだが,ポリネシアと南米との縁の深さを,このお勧めワインを通じて感じた次第である)
我々はワインと海の幸に舌鼓を打ち,食後にKはデザートにも手を出していた.食事をひととおり終えると,いよいよダンスショーの始まりである.いわゆる「タヒチアンダンス」(ポリネシアンダンス)は,たまに岩手県雫石町にある「けんじワールド」でも催されていることがあるが,彼らもやはりこの辺から派遣されてきたりするのだろうか.花で作ったレイを首から提げ,いわゆる腰みのをつけて,腰の動きを生かした独特の振り付けで踊る.その動きが官能的であることから,キリスト教宣教師らによって迫害されたこともあったが,20世紀後半になって復興運動が起こり,今では普通に観賞できるようになっている.毎年7月には,このダンスやタヒチの伝統芸能をメインにした祭りも行われているようだ,この日行われたダンスは,前半がダンサー6人で踊る優雅な動きのダンス,後半は両端が燃えている木の棒をバトンのように振り回して踊るファイヤーダンスであった. |
ホテルのロビーにて.夕食に向かうところです |
ボラボラ島の優雅なディナータイムです |
ワインで顔が赤くなっています |
ポリネシアンショーの始まり |
ファイヤーダンスです |
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