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第1回パラオ旅行記(4)


2005年2月14日(月)


ロックアイランドへ

 この日も朝から晴天であった.この日はロックアイランドを巡るツアーである.ロックアイランドとは,パラオ国内にある大小200以上にも及ぶ島や奇岩からなる名勝地である.珊瑚礁に囲まれ穏やかな内海に,マッシュルーム状の小島や奇岩が多数点在する様は,宮城県の松島を彷彿させる.各所にシュノーケリングや観光の名所があり,目的によって様々なコースのツアーが用意されている.
 今回我々は,RITC(ロックアイランドツアーカンパニーの略)という会社が主催するツアーに参加することにした.これは3箇所でシュノーケリングを楽しむ,昼食付きのツアーである.
 
 まずはホテルから送迎の車に乗り,コロールの港へ出る.このときは他のツアーに参加する人も一緒である.港でそれぞれのツアーに参加するチームに分かれ,それぞれ船に乗って出発である.
 ところで,このツアーに参加するに当たっては,我々はコロール州政府が発行する「ロックアイランド&ダイビング許可証」を携帯していなければならない.もちろん,我々はこの許可証をあらかじめ渡されている.貴重な観光資源ゆえ,景観を守ってゆくための必要経費なのだ.

 我々は船に乗り,まずはツアーの拠点・ガルメアウス島へ向かった.コロールからは所要時間約45分である.穏やかな水面を船が走り抜けていく.船が大きく揺れるのは,他の船とすれ違った時ぐらいである.

ロックアイランド入場許可証,これがないと同地でのツアーやダイビングには参加できない
 
 周りに見えるマッシュルーム状の奇岩群,まさに松島そっくりである(実際に「パラオ松島」と呼ばれている区域もあるらしい.風流である).島の海面すれすれのところでは,所々に白い花が咲きほこっていた(この花は日本統治時代,葬式で白い百合の花の代わりに用いられていたそうだ).  

 ガルメアウス島へ向かう途中,我々はちょうどアーチ状になった奇岩を見ることができた.これは「ナチュラル・アーチ」と呼ばれており,干潮時は船がくぐることができる(実際我々もこのアーチをくぐった).この辺の海域はリーフに囲まれているために,波は穏やかで,これなら船酔いしやすい人も大丈夫そうである.1999年にノルウェーのフィヨルドをクルージングした時も,海面は穏やかで,やはり他の船とすれ違った時ぐらいしか大きく揺れることはなかったが,あの時と雰囲気は似ているかもしれない.

桟橋からこのような船でロックアイランドに出発します
 

ロックアイランドには松島のような小島が沢山あります

ロックアイランド内のナチュラルアーチです

ロックアイランド内にある夫婦岩でしょうか?
 

 やがて船はガルメアウス島へ着いた.この島はロックアイランドで唯一煮炊きのできる島で,トイレと休憩所もあり,このシュノーケリングツアーのみならずその他のダイビングなどのツアーの拠点ともいうべき島である(なお,この島の近海に,アントニオ猪木氏のプライベート・アイランドである「イノキ・アイランド」がある.私有地なので一般人は立ち入りできないが,ウチのKは「何かのCMで,このイノキ・アイランドへの招待ツアーが当たる懸賞の宣伝があった」と言っていた.何の商品のCMかは定かではないが,誰か当たった人はいるのだろうか).まずはこの島の海域で1回目のシュノーケリングである.
 ここでのシュノーケリングは,海底に足が着くということで,泳ぎに自信のない私でも何とかなりそうである.RITCの現地人スタッフの1人は,餌付け用の食パンを用意していた(日本でもよく見かけるスタイルの食パンである.Kは昼飯にこれを食わされるのかと思ったらしい 笑).


いよいよ,ガルメアウス島に上陸します(暑い)

これから海に入ります
 
 早速シュノーケルセットを着用して海中を覗いてみると,おお,いるわいるわ,色とりどりの魚が泳いでいる.カラフルな魚から,刺身にすると旨そうな大きな魚まで,たくさん泳いでいる.なお,シュノーケリングに先立って,RITCの日本人スタッフから注意事項を聞かされたのだが,休憩所の裏手のほうの海域は,潮の流れが速いため,入ってはいけないということであった.よって我々が主に潜ったのは,休憩所の前のほうの海域であった(ダイビングのツアーでも,ここから潜り始める.我々が2005年の9月に参加した体験ダイビングも,スタートはここからであった)  

シュノーケリングの開始です

カラフルな魚が!

岩の向こうは危険です
 
 昼食はこの島でバーベキューである.スタッフが肉やトウモロコシを焼いてくれるが,やはり屋外で他の参加者と共にワイワイいいながら食べる昼飯は旨い.なんと主食はパンではなく,折りに入ったふりかけご飯である.さすがは旧日本領リゾートだ.そして肉と一緒に焼かれたトウモロコシは,何となく日本で普段食べるものと食感が違う.なんか全体にもっちりした歯ざわりで面白い.  
 ところで,我々はあくまでも泳ぎ(シュノーケリング)を楽しみに来ているので,昼食ではビールを含め,アルコールの提供はない(当然持ち込みも禁止である).他の参加者と「いやあ,ビール飲みたいですけど,さすがにないでしょうねー」「さすがにまずいでしょう,(アルコールが入った状態で泳いだりなんかしたら)死んでしまいかねませんからねー(笑)」などと会話を交わしたものである.
 同じ島で,ダイバーらしき集団が缶ビールや発泡酒を飲んでいるところを見かけたのだが,恐らく彼らはその日のダイビングの日程を全て終了して,あとは帰るのみなのだろう.
 昼食を終えるか終えないかした辺りから,この島で特に目立ってきた存在があった.それは台湾人の団体である.恐らく日本人でいえばRITCやIMPACのように,主に彼ら台湾人を相手にしたツアー会社があるのであろう.彼らはゾロゾロとこの島に集結し,それぞれにシュノーケリングを楽しんでいた.我々日本人の目から見ると,彼ら台湾人の団体は,何か独特の雰囲気をかもし出していて一種異様にも見えるのだが,考えてみれば,今から30年くらい前の日本人の団体観光客も,ひょっとしたらこんな感じだったのではないか(なお,パラオは台湾と国交があるということで,彼らにとっても近場ということもあって,来やすい場所なのかもしれない).
 この島で昼食と休憩を終え,次のシュノーケリングスポットへと向かう.さっきのガルメアウス島近海と違い,今度は船から直接海に入ってのシュノーケリングである.なお,この海域は餌付けは不可のようである.船から直接海に入るだけあって,この辺はかなり水深が深い.Kを含めた他の参加者は,ライフジャケットを着けて次々と海に入っていくが,泳ぎに自信のない私はひとり船に残っていた.すると船に残っていたRITCのスタッフの1人が,私に声をかけてくれ,一緒に海に入ってくれることとなった.彼に手を引かれながら,他の参加者が集結している海域へと泳いでいくと,おお,いたるところに色とりどりの珊瑚があるではないか.そして珊瑚の間を縫うように,色とりどりの魚が泳いでいる.そして海面付近には魚群である.実に素晴らしい光景ではないか.一緒に泳いでくれるスタッフに感謝しつつ,しばしのシュノーケリングを楽しんだのであった.
 我々は再び船に乗り,最後のシュノーケリングスポットへと向かう.2番目のシュノーケリングスポットよりも,水面の波が穏やかなような気がする.どうやらここは餌付けOKの海域らしい.Kは「(餌付け用のパンを)自分で食べないように」とツッコミを入れていた(誰も食べていないが 笑).ここには額の形が特徴的な大型の魚,通称「ナポレオンフィッシュ」が生息しているということで,実際何匹もの彼らの姿を見ることができた.島の近くまで泳いでいくと,ちょうどヒラタケかサルノコシカケを思わせる形状の珊瑚の姿も見ることができる.しかし我々だけでこの海域でのシュノーケリングを楽しむことができたのはごく短時間で,まもなくさっきも見かけた台湾人の団体が,ここにも集結してきたのである.RITCの現地人スタッフの一人は,露骨にいやな顔をしていた.どうも彼らは日本人客ほど洗練されていないらしい.別に彼らは我々に対して,変なことをしてくるわけではないし,海で何かとんでもないことをしでかすわけでもなかったのだが,やはり一種異様な雰囲気を何となく漂わせていた.なお,彼ら台湾人団体の中に,推定1〜2歳ぐらいの幼児(ピカチュウの後発品のようなキャラクターの浮き輪を使っていた)を連れている人がおり,その子を囲むような形で数人の大人が海に浮かんでいたのだが,何だかその様は,壇ノ浦の戦いにおける安徳天皇と側近たちを彷彿とさせるものがあった.「波の下にも都がございます」おー,あるある(笑).

みんな寛いでます

寛ぎ過ぎているK

ロックアイランドにはシュノーケリングスポットが沢山あります

海の中には見事な珊瑚とカラフルな魚が沢山いました

真ん中の魚はナポレオンフィッシュです

踏んだらとても痛そうな珊瑚です(笑)

きのこ(サルノコシカケ?)のような珊瑚です

珊瑚の間をカラフルな魚が泳いでいます
 


ぺリリュー島ツアーに参加申し込み

 ロックアイランドツアーから戻り,私は前日に申し込んだぺリリュー島ツアーについて問い合わせをするために,ホテルフロントのRITCのデスクへと向かった.前日の申し込みの段階では,最少催行人数の3人に達していなかったので,あれから増えていることを祈りつつ問い合わせてみたところ,この時点での申込者は依然2人・・・つまり私とKのみで,増えていなかったのであった.うーん,困った.このままでは「人数が集まらないため催行中止」ではないか.たしかにぺリリュー島は太平洋戦争における日米両軍の激戦地であり,この島に行くのは大抵「鎮魂の旅」か「戦史を学ぶ旅」(ダイビングをやりに行く人もいることはいるのだが)であって,大勢でワイワイと出かけるような場所ではないことは確かなのだが,最少催行人数3人という人数が満たされないとはさすがに思わなかった.しかしやはり,ここは戦史マニアの端くれとして,どうしてもぺリリュー島は押さえておきたい.そこで私がとった作戦は,3人分の料金を払うというものであった.これで明日のぺリリュー島ツアーは催行してもらえる.やった.まさに「貸切状態」のツアーである.
  こうした裏技を使って,私はぺリリュー島行きのツアーを確保し,Kにその報告をしてから,まだ明るかったので少しプールで泳ぐことにした.Kは「明日の予習をする」と言って,プールサイドに「帝国陸軍の最後3 死闘篇」を持ち込んで読んでいた.


コロールの夜

 この日,我々はせっかくなので,コロールの街に出て,食事をしようということになった.コロールには日本でもよく見られる居酒屋のようなスタイルの飲食店が何軒もあり,ダイバーもよくこのような店で仲間と飲んだりしているようだ.ちなみに市内までの足は,ホテルからバスが出ているので,それに乗って行くことにした.
  この日我々が入ったのは,
「美登寿司」という店である.寿司も食べられるらしいのだが,メニューの内容はどちらかというと居酒屋に近い雰囲気である.

大統領も訪れるというコロールを代表するお寿司屋さん
 
ここはレメンゲサウ現大統領御用達の店でもあり,接待などにもよく使われるということであった.海外で刺身を食べることはあまりないのだが,この辺ならではの魚ということで,「ナポレオン・フィッシュ」の刺身をオーダーした.出てきたのは,ちょうど「ふぐ刺し」のような盛り付けを施された白身魚の薄作りなのだが,さすがにふぐのような歯ごたえはない.まあ,よくある白身魚の刺身といった感じである.そしてこの料理にも添えられていたのが,パラオレモンである.飲み物は,まず「アサヒ・スーパードライ」でスタートしたが,Kは本でも紹介されていた「焼酎のパラオレモン割り」を飲むことにしたようだ.私も飲んでみたのだが,レモンの香りがよく,ついつい杯を重ねたくなる.ちなみにベースの焼酎は,「二階堂」である.
  刺身をはじめ,各種料理を味わった後は,そうめんでしめることにした.そうめんといっても冷やしそうめんではなく,温かいそうめんである.さすがに2人ぶんではちょっと多いので,1人分だけオーダーして分けて食べることにした.すると店の人も察してくれたらしく,取り分け用の小鉢を用意してくれた.海外だと取り分け用の小皿を要求しても,こちらの意思が正しく伝わらずに苦労することもままあるのだが(Kが1999年にドイツに出かけたとき,取り分け用の皿が欲しい旨を伝えたら,皿だけ用意することの意味が理解できなかったのか,同じ料理がもう一皿出てきてしまった,という場面を見たと言っていた),ここはさすがパラオである.ちなみにそうめんは,油いためか何かされたような鶏肉と野菜が入った,よく分からない盛り付けで出てきたが.
  美登寿司で腹ごしらえをした後,我々は再びホテルへ戻り(なお,パラオには夜間外出禁止令なるものがあり,深夜2時(18歳未満は深夜0時)から朝6時までの外出が禁止されている.徒歩でもドライブでも,この時間帯での外出が見つかると,旅行者でも拘留されてしまうらしい),明日のぺリリュー島ツアーに備えて眠ることにした.
 



 

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