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小笠原旅行記(1)


2020年9月13日(日)


1.世界遺産小笠原

 新型コロナウイルスの世界的な流行に晒されている2020年,夏季休暇といえばイコール海外旅行となっていた我が家(少なくとも21世紀に入ってからは毎年1回は海外に出かけていた)だが,さすがに今年の海外は無理だろうと早々に諦めた.
 とはいえ,どこにも旅行に行かないというのも寂しすぎるため,このご時世であっても行けるところをと探していて急浮上したのが小笠原諸島だ..東京都心から南へ1000キロ,ほぼ北回帰線付近に位置する島嶼である.現地には飛行場がなく行く手段がほぼ週に1便の貨客船(おがさわら丸)に限られるため,日本国内でありながら最低6日間の連続した休みがなければ行くことのできない場所だ(行った場合基本的に次の船まで帰る手段はない.ただし命に関わる急病などの際は自衛隊のヘリ等での搬送はありうる).
 歴史上大陸と地続きになったことがないため固有種が多く,世界遺産にもなっている魅力的なところである.我が家でももちろん関心を持っていたのだが,海外優先で出かけている間はどうしても後回しにされていた場所だった.しかしコロナの蔓延で海外旅行が封印された結果,俄然行ってみようということになったのである.
 ただ島では5~6月の段階では感染防止の観点から,観光目的での来島自粛要請が出されていた.その後国の緊急事態宣言が解除されたことを受け,7月から観光客の受け入れが再開されたものの,医療環境の脆弱な島嶼であることから,唯一の渡航手段であるおがさわら丸の運行も定員を半分程度に抑制したものとなっていた.
 私は病院勤務という特性上,感染対策は人一倍気を遣わなくてはならない立場だ.移動中の船内での密はもちろん,現地でも大勢が集まる状況は回避しなければならない.ということで船は個室(しかもデッキやラウンジも専用となる特等室!)を,現地の滞在は上皇上皇后ご夫妻が宿泊されたこともあるホテル・ホライズンさんとなった(手配は例によってメインクレカのコンシェルズデスクに丸投げ 笑).旅行期間は当初9月第1週を考えていたが,その週に職場でイベントがあるため1週ずらして9月13日(日)出発,同18日(金)帰宅とした.
 8月から9月にかけては例年通り忙しく過ごし(この間内科学会や神経学会の大会もあった),出発前日の9月12日は船が出る竹芝桟橋近くのホテルに前泊となった(出航は11時なので当日家を出てもどうにかなるのだが,万一寝坊や電車の遅延が発生したら恐怖だ).この日はホテル近くの焼き鳥の店で夕食としたのだが,コロナの影響か土曜の夜だというのに客は我々の他にはおらず,コロナ禍での飲食店の苦境を実感した.
   


2.貨客船おがさわら丸

 13日朝起きてホテルの窓から外を見ると,大きな船が停泊していた.ガイドブックで見たおがさわら丸である! 早くも感動にふるえる朝となった(笑).その後ホテルをチェックアウトして目の前の桟橋へ,窓口で乗船手続きをして乗船券と船室のカードキーを受け取る.特等室と書かれた乗船券を受け取ると,なんとなく気分が高揚するのが小市民的だ(笑).

ホテルから見えたおがさわら丸
 
 その後乗船の時間になるが,飛行機と同じくグレードの高い船室からの乗船となるため特等の我々はいの一番になるはずだったが,ウチのKが売店に寄っていた関係でちょっと出遅れてしまった(笑).乗船口では最近恒例の検温が実施されている.私は安定の36.4℃でクリア―(実際に発熱者が何人いたのかは不明).  

ターミナル入口

乗船が始まる

これから乗り込みます
 
乗船した地点は4デッキ,案内所やレストランがある階だ.特等室のある7デッキまでは3フロア上がらなければならず,係員に誘導されるがままにエレベーターに向かったが,すでに多くの人が並んでいる状態だった.ぼーっと待っているのも何なので(密にもなりそうだし),荷物を抱えて階段で上がることにした.幸い船のフロアは天井が高くないためそれほど苦労せずに上がることができた.
 7デッキは船尾方面に展望ラウンジがあり,船首方面が客室になっている.手前14室が特1等船室で,その奥4室が特等船室となる.我々の部屋は一番奥の701号室,さっそく入ってみると,シティホテルのような趣だった(アメニティ類完備).
 荷物を置いて隣の特等専用ラウンジに行ってみる.ここにはフリーのミネラルウォーターやお茶,コーヒーに加えてマッサージチェアも完備されていた.その専用ラウンジから続くドアを開けて外に出ると,そこが特等室専用デッキである.ちょうど701号室と702号室の外部分になっており,カーテンをしておかないと部屋が外から丸見えという構造だった(💦 もっともここを利用するのは4室最大8人のみだが).

4デッキの案内所

ここから特等室エリア

701号室
 

シティホテルの趣

特等室専用ラウンジ

フリードリンク
 


3.出航!

やがて11時になり出航の時間である.船は竹芝桟橋を離れゆっくりと東京湾に進んでいく.岸壁を見ると関係者の方が見送りしている姿があった.出航後しばらくは東京湾クルーズの趣,まずはレインボーブリッジをくぐる.そのまま南下していくとやがて羽田空港が,コロナの影響で航空便数は減ったというウワサですが,さすが離着陸回数日本一の空港,たくさんの飛行機が入れ代わり立ち代わり飛び交っていた.この日の天気は朝から曇り空,ただこの後小笠原方面に向かうと晴れるという予報になっている.

関係者のお見送りを受けて出航
 

レインボ-ブリッジ

飛行機が飛び立ちます

さっそく飲んでます
 
 湾内の景色を眺めているうちにお昼時に.船内放送でレストランの営業が始まったとのことで,さっそく繰り出すことに.おがさわら丸の船内レストランはその名も”Chichi-Jima”である.本来座席数はかなりあるのだが,ソーシャルディスタンス時代のため,2人掛けは向かいの席が撤去されるなど数が減らされていた(もっとも乗客そのものも抑制されているのでそれでも混雑はしない.この日は島塩ラーメン(と島レモンチューハイ 笑)をいただいた.  
 その後南下していくうちに天気予報通り,徐々に晴れ間が広がってきた.出航から3時間ほどして房総半島の南端,館山にある洲崎灯台が見えてくる.ここを過ぎると外海,そして携帯電話は圏外になる(おがさわら丸には船内WiFiがないのでこれ以降、基本的父島到着までネットが使えない).ここまでは東京湾内ということもあり全く揺れを感じなかったが,外海に出ると揺れるかなと多少の覚悟はしてたものの,この日はほとんど揺れがなかった(日頃の行いがいいからとほくそ笑む).この時間帯はラウンジで淹れたコーヒーを飲んだり,客室のテレビを見たり(BSが映る)して過ごす.やがて夕暮れになり周囲は徐々に暗くなってきた.
 やがて夕食時となったため再びレストランへ,今度は島塩のステーキを選択した(お供はもちろんワイン🍷).食後は船内散策,レストランや船内ラウンジは本来夜間も開放されていて,乗客たちが思い思いに集まりキャンプのように懇親会が行われるのだが,今はそうした不特定多数の集会は禁止とのことで営業時間外は閉鎖になるらしかった.この懇親もまた船旅の醍醐味だが,このご時世とはいえ寂しさを感じた.その後は部屋に戻ってシャワーを浴びて,明日以降の活動に備えてさっさと寝ることにしたのだった.

船内レストラン

島塩ラーメン

館山の洲崎灯台
 

大島が見えます

夕食の島塩ステーキ

宴会は禁止です(泣)
 



 

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