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 第9回ひの新選組まつり参戦!!


1.新選組と私

 私が新選組の存在を知ったのは意外に古い.名前だけなら昭和40年代後半に,アニメ「ど根性ガエル」のエンディングテーマの中に「・・・・新選組を〜,呼ぶんでやーんす・・・・・」というのがあった.
 テレビドラマでは昭和52年(私が小学六年の時)にNHKの少年ドラマシリーズのひとつである「幕末未来人」で見たのが最初であったと思う.現代(とはいっても昭和50年代だが)の高校生二人組が幕末にタイムスリップしてしまい,たまたま日本史年表を持っていたために,歴史を改変しようとする悪い連中の陰謀に巻き込まれてしまう話であった.この二人組が京都で新選組の屯所に出入りする場面があったのである(歴史が徐々に変わってしまい,沖田総司が史実より数年早く死んでしまったり,池田屋事件が文久3年に起こったりする).この作品は結構人気があって今ではDVD化もされているらしく,私も今回ひの新選組祭りの隊士コンテスト会場で教えてもらった(早速購入したことは言うまでもない).
 その後幕末を扱った大河ドラマでは新選組は常連であったし(もっとも敵役的な存在であることが多かったが),杉田かおるが出演していた「壬生の恋唄」も新選組を扱った作品であった.民放ではまんが日本絵巻で沖田総司が取り上げられたことがあるが,昭和62年に松方弘樹が近藤勇を演じた「新選組」がとりわけインパクトが強い作品であった.
 新選組が出てくる作品は数多いがそのイメージはなんと言っても鉄の結束,鉄の掟,荒々しい殺伐とした剣士集団というイメージである(松方新選組はまさにそのイメージであった).21世紀になって2002年正月に放送された「壬生義士伝」(浅田次郎原作,渡辺謙主演,後に中井貴一主演で映画化))は従来の新選組のイメージを残しながらも,現代に通じる人間臭さを交えた秀作であった.そして新選組ブレイクの引き金となった2004年の大河ドラマ「新選組!」に至るのである.
 
 
 


2.ひの新選組まつりに参加を決意!

 東京日野市で5月に新選組祭りをやっていることは数年前から知っていた.ちょうど壬生義士伝が放送された頃である.主演の渡辺謙がカッコよくて,(無謀にも)コスプレをやりたいと思い,新選組のコスチュームを買うためにネットを探しているうちに見つけたのである.
 新選組のふるさと日野市(日野は土方歳三や井上源三郎,新選組を物心両面で支えた日野宿の佐藤彦五郎(土方の義兄)の出身地であり,土方が近藤勇と出会った土地でもある)において土方の命日(5月11日)に近い5月第2週末に新選組祭りを行っているのであった.祭りには新選組隊士によるパレードもあり,全国から沢山の人々が集まって来るらしい.私もぜひ参加したいと考えていたが,5月第2週は学会など仕事がらみのイベントが多く,なかなか参加する機会がなかった.
 2006年5月にも学会があったが,期間は5月11日から13日の3日間で会場は東京の新宿であった.日野は新宿から近く,これなら学会に行ったふりをして参加することも可能である.善は急げとばかりに,早速日野市観光協会のホームページから参加申込書をダウンロードする.住所,氏名,年齢,メールアドレスなどを記入,衣装貸し出しの有無については当然持参とした(応募者多数の場合は抽選となっており,持参のほうが参加できる確率が高そうだ).ついでに5月13日の隊士コンテスト(5月14日のパレードの際幹部隊士の役を演じる人を選ぶコンテスト)についても参加とした.添付する写真はやる気を見せるために,以前雪の中で撮影したコスプレ写真を切り抜いて貼った.申込書を送ったのは2006年3月上旬のことであった.

こんなハガキまでが詐欺に思えてしまう今のご時勢が悲しい.
 その後しばらくは何もなかったが,4月に入ったある日1枚のハガキが送られてきた.見ると文面は「おめでとうございます!第9回ひの新選組まつり隊士にあなたが選ばれました.つきましては○月×日までに2500円振り込んでください」というもの.うーん,なんか怪しい.振り込め詐欺みたいだ(実際職場の同僚に文面だけを見せたら,「危ないんじゃない」と言われてしまった).ただ詐欺にしては金額が安いし,ハガキは返信用に自分で書いたもの,振込先も日野市役所支店となっているなど疑う余地はないのだが,こんなものまで詐欺に感じてしまう今のご時勢に悲しくなった(結局すぐに2500円振り込んだことは言うまでもない).
 ところでうちのKは,私がひの新選組祭りに参加すると宣言した当初は,「行ってくれば」と冷ややかな反応であった.しかし4月になって祭りのゲストに山本耕史氏が来るらしいとわかった途端,「あたしも行く」と言い出したのだった.正直いってKは新選組にはあまり興味がない.彼女はなんと!函館の出身なのだが,土方歳三戦死の地についても「ああ,そういえば通学路の途中にあった.」などと呑気なことを言っている有様である.大河ドラマ「新選組!」も熱心に見ていたわけではなかったが,2006年1月からNHKBS2およびHi visionで放映されている「毎日モーツァルト」で山本氏の虜になってしまったのである(Kは新選組よりもモーツァルトの方が断然好きなようである). 
 


3.いざ,日野へ

 そうこうしているうちに連休も終わり,いよいよ新選組まつりが近づいてきた.学会との兼ね合いもあり日野入りは5月13日の予定である.ちなみにKは家で飼っているハムスターやチンチラの世話があるため,5月13日夕方に直接日野に来る事になった.新選組の衣装一式を持っていよいよ東京へ出発する.衣装の方は何とかかばんに収まったが,問題は刀である.一応大刀,小刀を入れるためにゴルフクラブケースを購入したのだが(ちなみに私はゴルフはやらない),ゴルフクラブより刀の方が長いらしく,どうしても大刀がはみ出してしまうのである.これを持って駅をウロウロするのは恥ずかしいものがあった.
 5月12日は新宿のカプセルホテルに泊まり,翌13日朝8時半に学会場である京王プラザホテルに行く.受付を済ませてそのまま学会場を後にした(学会参加時間なんと15分!).ホテル前からタクシーに乗って(刀を持ったまま)新宿駅に向かう.タクシーの運転手が
「学会お疲れ様です.昨日はこちらにお泊りでしたか?」と聞いてきた.まさかカプセルに泊まってましたとも言えないため「はい,そうです」などと適当なことをいってごまかした.
 新宿駅から京王線で30分程で高幡不動駅に到着した.ここに来たのは2004年以来2年ぶりである.天気はあいにく雨模様で小雨がぱらついていた.本日の宿泊先であるシティホテル高幡に行って荷物を預け,バスに乗って祭りのメイン会場である市役所に向かうことにする.高幡不動駅に行くとちょうど市役所方面に行くバスが止まっていた(実践女子大で降りるとすぐらしい)ため乗り込んで発車を待っていると,新選組の法被を着たお姉さんが乗り込んできた.「おー,さすが新選組まつり」などと感心しているうちにバスは出発する.どこをどう通ったか全く分からなかったが,無事にバスは実践女子大に到着した.降りると雨脚は先ほどより強くなっている.傘を持ってこなかったことを後悔しながら市役所に向かった.
 市役所前のメイン会場にはたくさんの模擬店が軒を並べて祭り気分を盛り上げていた(あいにくの雨で客足はイマイチであったが).私がここに来たのは明日14日に行われる「Koji Yamamoto & K.D earth」のミニライブのチケットを手に入れるためであった(もちろんKの依頼,市民会館前で午前11時から発売開始らしい).10時20分ごろ市民会館に行ってみたところ,外には100人ほどの列が.係員のおじさんが「ここが最後尾です」と書いたプラカードを持って立っている.「なーんだ,もっとすごい行列かと思っていたのに大した事ないじゃん.こんな雨降りだからみんな来てないのか」などと考えながら行列の最後尾に並んだ.雨はしとしと降ってくる.ますます傘を持ってこなかったことを後悔していると,私の前に並んでいた女性の二人づれが「濡れますからどうぞ」と傘を貸してくれたのである.これでなんとか雨はしのげることになった.雨模様の中を立っていると場内放送が流れる.「本日11時より発売の「Koji Yamamoto & K.D earth」のミニライブのチケットは,ご覧のような天候のため時間を繰り上げてただいまより発売いたします」.「おー,やるじゃん」などと無邪気に感心しながら私は発売開始を待った.し,しかし5分たっても,10分たっても行列は全く動く気配はなかった.「うーん,段取りが悪いぞ」などと考えているうちにまた場内放送,「ミニライブのチケットは会館内でお待ちの方から順次発売しております.外でお待ちの方はもう少しお待ち下さい」とのこと.ガーン!なんと会館内には我々より先に待っている人たちが大勢いるらしかった.「や,やるな山本耕史」と感心しながら,12時位になってやっとチケットを買うことが出来たのだった.ちなみにチケットは先着順に前の方から発売とのことであったが,わたしが手に入れたチケットは2階席の真ん中くらいだった(後でわかったことだが,夜中から並んでいた人もいたらしい).
 


4.沖田総司のフィギュアをゲット!

 ミニライブのチケットを手に入れた後,昼食を済ませた(市役所内の食堂でラーメンを食った)私は模擬店をブラブラすることにした.店では焼きそばやフレンチドックなどの定番のものに加えて,新選組関連のグッズも売っていた.私が注目したのはフルタから出ていた新選組戦場録という食玩である.これは丁度2004年に大河ドラマで「新選組!」をやっていた頃に発売されていたもので,私も当時職場の売店で売っていたのを買い漁りほぼ全種類を制覇したものの,どうしても沖田総司が手に入らなかったのであった.店の人に「これまだ売っていたんですね」と聞くと,「メーカーにももう在庫はないそうです.これが最後の在庫らしいですよ」との返事.そこで私が沖田総司だけがどうしても手に入らなかった旨を告げると,フィギュアの重さの違いからなんとなく何が入っているかわかるという.なるほどその手があったか(フィギュアは馬などが付属したものや何もないものなどと様々である)と感心し商品を手にとって見た.確かに重さが違う.重いのは馬がついたアイテム(近藤勇や土方歳三)であろう.一番軽いのは人形が1体のみの伊東甲子太郎に違いない.沖田総司のフィギュアは沖田のほかに敵キャラの人形も入っているため中位の重さと思われる.よしこれだ!とばかりに決意して300円を支払い早速なかを改める.フィギュアの袋を取り出すと@の表示が,「ああ,それ芹沢ですね」と店の人(なかなか通だ).惜しい,はずしたかと思いながら次の商品を物色する.程よい重さの商品二つを両手にとって悩んだ挙句に「これにします」と300円を払う.開けて中を見るとCの文字,「それ沖田ですよ」と店の人,やった!ついに沖田総司を手に入れた.「おめでとうございます.コンプリートですね」と店の人にも祝福され幸せな気分で店を後にした.
 隊士コンテストの受付までまだ若干時間があったため,メイン会場の近くにある新選組のふるさと記念館を見学して13時過ぎに本部の隊士コンテストの受付にやってきた.「お名前は?」と言われて答えると,「この番号札をかけて会館の二階へどうぞ」とのことであった.予定ではコンテストは野外ステージで行われるはずであったがこの雨で変更になったらしかった.
 

新選組戦場録の全フィギュア

これが今回ゲットした沖田総司
 


5.隊士コンテスト(1次審査)

 私が渡された番号札は28番であった.番号札を首からぶら下げて会館内に入ると大勢の人でごった返していた.新選組の羽織を着た人や土方歳三の洋装をした人など皆それぞれ凝った格好をしている.少なくともスラックスにネクタイ姿の奴は私以外にはいないようであった(学会場から直行したためである).会場をウロウロしていると和装をした若い女の子に「もしかしてお父さんも参加するんですか?」と声をかけられた.「お,お父さん?」気持ちだけは若いつもりの私(生涯青春が私のモットーである)であったが,もうお父さんと呼ばれる年齢になったのかとちょっとショックを受けた(たしかにこの娘から見たらお父さんのような年頃なんだろうな).
 何となく周囲から浮いた気分になったため会場から出て実行委員らしき年配の人と話をしているうちに,衣装を持ってきているのなら着替えた方がいいですよと言われた.衣装で審査が決まるわけではないがみんな凄いパフォーマンスだし,何よりワイシャツにネクタイでは場になじまないだろうからである.幸いコンテスト開始まで若干時間があったためタクシーでホテルまで往復して衣装を取りに行った.
 会場に戻ったのはコンテスト開始の5分前であった.慌ててトイレに駆け込み着替えを済ませる(慣れているので着物を着て袴,羽織を付けるのは5分で完了したが足袋を履くのと羽織紐を結ぶのは結局会場に入ってからになった).会場に入ると丁度コンテストの説明が始まるところであった.説明によるとコンテストは1次審査と2次審査からなっており,1次審査では各自が2〜3分間に何かパフォーマンスをする.そこで12名の合格者(局長と副長および1番隊から10番隊の隊長役)が決まり,続く2次審査では女優さんと掛け合いの芝居をやって最終的に配役を決めるとのことであった.要するに1次審査をパスすれば何らかの役はもらえるわけだ.参加者の人数は約30人(半分以上が若い女性である),合格率は4割だ.これはもしかしたらと淡い期待を抱く私であった.
 いよいよコンテスト開始,番号の若い順に4〜5人ずつ壇上に上がってパフォーマンスをする.みんなそれぞれ新選組に対する熱い思いをぶつけている.新選組の史跡を訪ねて全国を巡った人,毎年のようにこの祭りに参加している人,沖田総司や土方歳三に対する熱い思いを語る女の子,武術の形を披露する人,更には池田屋事件での沖田総司のように舞台上で血を吐く演技をする人.みんな熱い!凄い!自分なんかがここにいていいのだろうかとすごく不安になる.人々のパフォーマンスを見ながら自分は一体何をしたらいいのだろうと思い悩んだ.幸い私は一番最後のグループなので,皆のパフォーマンスを見ながら考える時間があった.見渡したところどうやら私は年配の部類のようであった.また出身地も関東近辺の方が多く,遠隔から来ている人はあまりいないようであった(山口県や鹿児島県から来る人もいないと思うが,福島県の会津地方の人ならいるかと思ったのだが).こうなったら小手先の演技で誤魔化してもしょうがないので,遠くから来た変り種であることをPRすることにした(ちなみに私は岩手県(南部藩)出身で先祖は南部藩士である).
さていよいよ私の順番がやってきた.私の組は男ばかりで,前には最近新選組マニアの女性と入籍したばかり方がいて,「彼女と一緒に参加しているが,彼女だけが入選して自分が落ちると今後の立場がないのでよろしくお願いします」と挨拶をしていた.おお,これは強力なアピールだと感心した.また私の後ろには去年のパレードで近藤局長の役をやられた方がいた.さて,私のパフォーマンスである.まず名前と出身地を述べ,学会に来たふりをして参加している旨をしゃべる.どよめきと笑いが起こる(おおっ,受けてる).司会の女の人が「そんなことをして大丈夫なんですか?」と突っこんでくる.しばらく司会の方とのやり取りの後,「あなたの新選組に対する思いは?」と聞かれる.うーん,自分にとって新選組とはと考えているうちに前の審査員席の方々が目に入る.土方歳三,佐藤彦五郎,井上源三郎や永倉新八のゆかりの方や子孫の方もいる.新選組の面々は個々の理由は様々であろうが,ともかく幕末の幕府がまさに倒れるその場で,当時の官軍と称する一派(薩摩藩や長州藩など)に邪なものを感じて幕府に殉じようとしたのである.その子孫の方々が目の前にいる.私の出身の南部藩は当時は一応,奥羽越列藩同盟を作って官軍の攻撃を受ける会津藩や庄内藩を支える立場にあった.しかし各藩の思惑の違いから同盟はあっさり崩壊,南部藩は大した戦もしないうちに恭順してしまったのである.140年の時を隔てて新選組の子孫と南部藩士の子孫の対面であった.この時の私にできることはただ,お詫びすることだけであった.私は審査員席に土下座して詫びたのである.最後に希望の隊士は?と聞かれて、「マイナーどころで武田観柳斎かな」などと言って私のパフォーマンスは終わった.
 審査が行われている間に舞台上では薩摩の示現流の流れを汲む薬丸自顕流の演武が行われた.本来ならば新選組から見て敵方の剣法であり,こういう場での発表というのも実は画期的なのかなと感心してみていた.薩摩の示現流といえばその凄まじい気合から繰り出される太刀筋の鋭さが特徴であり,近藤勇も薩摩人と対するときは初太刀をはずせと言っていたと伝えられるほどのものである.薬丸自顕流は激しい気合で木刀を横木に何度も叩きつける攻撃一辺倒の剣法のようであった.たしかにその気合は凄まじく,腕に覚えのない奴ならこの気合だけで圧倒されてしまうのではと感じた.喚声を上げながら顔を真っ赤にして打ち込む姿から,入門に際して健康診断が必要なんじゃないか(高血圧の人は遠慮するなど)と余計な心配もしてしまった.
 さていよいよ発表である.司会の女の人が壇上で番号を読み上げる.「・・・・・そして28番の○×さん」と私を呼ぶ声,おお合格だと感激して壇上に上がったのであった(さらに,例の入籍したばかりの方はめでたく彼女と揃って合格した).
 


6.隊士コンテスト(2次審査)

 意外にも1次審査にパスしてしまい,2次審査に進むことになった.2次審査は女優さんとの掛け合いの演技である.1次審査前に渡された台詞の紙を改めて見直す.場面は函館,五稜郭降伏の直前土方歳三が市村鉄之助に,自分の遺品を持って日野の佐藤彦五郎氏を訪ねるように命じる場面である.もちろん我々が土方の役をやるわけだが,鉄之助とのやり取りの後さらに官軍が現れるシーンが続き,最後に銃撃を受けて土方が倒れるシーンで終わるのである.つまり最初は鉄之助とのやり取りの場面,次に撃たれて倒れる場面にオリジナリティを出す必要があるわけである.
 例によって番号の若い順に演技を行うため,私は必然的に最後の方になる.人々の演技が始まった.前半の鉄之助とのやり取りはやはり指揮官と小姓という関係を重視してか,毅然とした土方が鉄之助に命令するイメージで演じる人が多かった.そこで私はもっとフランクな土方のイメージを出そうと,ひざまずく鉄之助に対して自分も跪いて同じ目線になり,兄貴のようにニコッと笑って送り出すイメージ(元々顔がニヤけているのでこの演技は得意だ)でいった.一方後半の撃たれて倒れる場面については,鉄之助を送り出した直後であり,「鉄之助,約束を守れなくてすまん」という台詞にしようと思っていたのだが,私の前にこのネタでやった方がいたため急遽変更することにした(この場面では近藤勇や沖田総司の名を呼ぶパターンや「新選組万歳!」というベルサイユのばらを髣髴させるパターンもあった.また最高に傑作だったのは例の入籍直後の男性で,撃たれた直後に「入籍したばかりなのに・・・・・」という台詞でこれには場内大爆笑であった).私は原田左之助がよく仲間に自分の腹の傷(切腹し損ねて残った傷らしい)を見せながら「俺の腹は金物の味を知っているんだぜ」と自慢していたことを思い出して,「左之助,金物の味がわかったぜ」にした(果たして会場の何人の人が理解してくれたか不明だが).そんなこんなで無事2次審査も終了し,あとは発表を待つばかりとなった.審査結果が出るまでの間,今度は天然理心流の演武が行われた.
 さあ,いよいよ2次審査の発表である.1次審査と違ってもう役付きになることは決まっているためなんとなく気が楽だ.司会の女の人が十番隊隊長の原田左之助役から順に発表していく.ちなみにこの配役は慶応元年七月(伊東甲子太郎とその仲間が入隊し,山南敬助が切腹した後)の編成表によるものであり,各隊の隊長は以下の通りである.
 
   
一番組 沖田総司  1841(天保12年)〜1868(慶応4年)
 二番組  永倉新八  1839(天保10年)〜1915(大正4年)
 三番組  斎藤 一  1844(天保15年)〜1915(大正4年)
 四番組  松原忠治  ? 〜1865(慶応元年)
 五番組  武田観柳斎  ? 〜1867(慶応3年)
 六番組  井上源三郎  1829(文政12年)〜1868(慶応4年)
 七番組  谷 三十郎  ? 〜1866(慶応2年)
 八番組  藤堂平助  1844(天保15年)〜1867(慶応3年)
 九番組  鈴木三樹三郎  1837(天保8年)〜1919(大正9年)
 十番組  原田佐之助  1840(天保11年)〜1868(慶応4年)?
 
 十番隊隊長原田左之助役から順に,名前を呼ばれた人が前に出て行く.九番,八番,七番,なぜか六番を飛ばして五番隊の武田観柳斎が呼ばれた.ここまで私の名はない.続いて四番隊の松原忠司,三番隊の斎藤一,二番隊の永倉新八となったがまだ呼ばれない.「まさか沖田?」と思ったが,やっぱり沖田役は色白の綺麗な女の人が呼ばれた.この段階で残ったのは私のほか,去年近藤局長をやった男性と土方の洋装をした女性のみである.司会の女性の声が響く.「さあ続きまして,新選組局長の近藤勇役は」,まさか自分,と思っていたが昨年局長をやられた方が今年も選ばれたのだった.うーん,自分が土方ってことはないよなぁ,と考えていると,「さあ続いて,特別賞六番隊井上源三郎は○×さん」ついに私が呼ばれたのだった.な,なんと特別賞らしい.当初どうして六番隊を飛ばしたのだろうと不思議だったが,源さんは日野市出身で地元では英雄なのであった(このことは翌日のパレードで強く実感することになる).そして土方の洋装をしていた女性がめでたく今年のミスター土方に選ばれたのだった.
 壇上に上がって表彰を受ける.井上源三郎の子孫で資料館館長の方から(にこやかな方で,司会の女の人が私に似ているといっていた)各種記念品をいただいた.その後記念撮影,明日のパレードについての説明会とすすむ.記念撮影の後「六番隊隊長の方いらっしゃいますか」と私を探す声がした.行ってみると女の人がいて「明日のパレードの六番隊はうちの団員が勤めますのでよろしくお願いします」とのこと.「えっ,六番隊は一般参加の隊員じゃないんですか」と驚く私.どうやら六番隊というのはパレードの中の特殊部隊のようであった(やるな!源さん).
 その後抜刀,納刀の練習をして5時過ぎに解散となった.いつの間にかKも会場に来ており,そのままタクシーでホテルに戻った.雨はさらに強くなっている.せっかく入賞したのに明日中止にでもなったら泣くに泣けない.自分はどちらかと言えば晴れ男なので,明日は頼むから晴れてくれと祈るような気持ちであった.
 

鉄之助に日野に行くように諭す私


井上源三郎資料館館長の方と(どことなく似ている?)
 


パレード編へ続く

 

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