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 SINCE 2011年9月25日
       

 第10回ひの新選組まつり参戦!!


第1部 隊士コンテスト編

1.新選組への思い

 私にとって感動的だった2006年の第9回ひの新選組まつりからはや1年,またまたその季節がやってきた.2007年1月中旬に日野市観光協会のホームページに隊士募集のお知らせが載り,3月上旬に参加申込書を送った.この時隊士コンテストについては参加に丸をしたのだが,あまり深くは考えていなかった.昨年幸運にも六番隊組長源さんこと井上源三郎役をいただいたのだが,多分にビギナーズラック的な面があったと思う.同じ幸運が2度も続くはずはなく,今年の合格は厳しいだろうというのが率直な印象だったからである.
 
そんな3月のある日,私のホームページを訪れた客人があった.後に今年のひのパレの主役になるコシゾウさんである.土方歳三に熱い思いを抱く彼は,ここ数年のパレードに観客として参加していたが,昨年私が源さん役をやっているのを見て,自分もあこがれの土方歳三を目指して,今年のコンテストに参加を決意したとのことだった.その後もたびたび訪れてくれた彼のコンテストにかける思いは凄まじく,そのひたむきな姿に私は大きな感銘を受けた.そう,ひのパレのコンテストには新選組への熱い思いを抱く人々が大勢やってくる.

懐かしの第9回ひのパレ出陣式


今年も我々を待っていてく
れる高幡不動尊の土方歳
三の銅像
 
 その中から選ばれて隊長役をやらせていただくのは大変な名誉である.少なくとも隊長経験者としてコンテストに出るからにはそれなりの決意と準備が必要なのではないか(昨年のコンテストでも人々の熱い思いに圧倒された私だったハズだ),と身が引き締まる思いがした.かくしてコンテストに向けての私の準備が始まったのである.
 昨年のひのパレに参加して良かったと思うことに,多くの人たちとの出会いがある.実行委員会の方々をはじめ,六番隊隊士を務めていただいたエルプロの皆さん,土方役だったONEさんや龍馬役の神楽教授などである.その一方昨年のパレードでは面識がなかったものの,その後ネット上で知り合った風雅さんやフミヲさんなどもいた.こうした新選組を愛する人たちと実際に会えることもまた,今回のお祭りの大きな楽しみでもあった.
 さて,そんなこんなで4月も目前というある日,一通のハガキが送られてきた.差出人は日野市観光協会,文面は「おめでとうございます!第10回ひの新選組まつりパレードの隊士にあなたが選ばれました〜,つきましては4月○日までに2500円振り込んで下さいという合格ハガキだった(昨年はこれを見て振り込めサギみたいだなと思った 笑).昨年は4月に入ってから送られてきたから,今年は出足が早いようだ.ただ昨年のハガキには”持29”という謎の文字が鉛筆で書かれてあったのだが(衣装持参29番目という意味か?),今年はそのような文字は書かれていなかった.もちろん速攻で2500円振り込んだことは言うまでもない. 
 


2.奇策で望むコンテスト

 一方私のコンテスト準備の方は遅々として進まない.新選組の隊長といえば沖田や永倉,斎藤など一流の剣客揃いである.戦うことを仕事にしているのだから当然といえば当然だ.したがって,たとえお祭りといえども剣術ができることは大きなPRポイントになる.仮にこれを正統派と呼ぶ.これに対してそれ以外のPR(お笑いを含む)を奇策派と呼んでおく.
 私は運動神経からっきしで,大学入学時に得意スポーツと書く欄があり困って「フォークダンス」と書いたくらいの運動オンチだ.居合いの型などできるはずもない.当然奇策で行くしかないのだが,問題はネタである.

昨年冬に公刊された”と”の香りがする本.
 
地方出身の変り種PRは昨年使用済みである.最初は居合いの真似事で,司会の人に1本の”たくわん”を持ってもらい,刀をシャシャシャと振り回すと,あらかじめ細工を施した”たくわん”がダダダッと輪切りになって落下するというのを考えたが,残された期間で,たくわんがかっこよく輪切りになる技術を開発するのが,難しいと考えたため却下した.次に考えたのが,昨年冬に発行された「坂本龍馬は新選組だった」というタイトルの文庫本からヒントを得たネタで,あらかじめダンダラ羽織の下に龍馬紋付を着込んでおき,本を見せながら「坂本龍馬は新選組だったの逆は!」と叫んで羽織をバッと脱ぎ捨て,「新選組は坂本龍馬だった!」と龍馬の立ちスタイルでキメるというものである(もちろんあらかじめブーツを履いておくことは言うまでもない).しかし幸いにもウケればともかく,万一外した場合,会場全体が絶対零度に冷え込んでしまう可能性が高いと判断してボツとなった.こうして4月半ばになっても私のコンテストネタは白紙のままであった.  


3.いよいよ出発

 その後どんどん時間が過ぎていった.すでにコシゾウさんは着々と減量するとともに,自前の土方洋装を準備し,さらには髪も土方風にするなど準備に余念がないようであった.また初参加で今年の龍馬役が決まっているフミヲさんも「ばっちい龍馬をやるぜよ!」とテンションはあがりまくりだ.私だけが未だにコンテストどうしようと悶々とした日々を送っていた.
 そんなある日,職場で新選組の話題が出たときに,「新選組って組という割りには局長なんだよね」,「そうそう,そういえばウチらも○○科とはいっても所属しているのは医局っていうよね」,「局長と医局長って似てない」 
 
……こ,これだ!  
 これが私の灰色の脳細胞に,今年のコンテストネタの全貌がひらめいた瞬間である(大げさな 笑).コンセプトが完成すれば準備はすぐだ.チャチャッと準備をして(模造紙2枚と墨汁そして筆一本,総経費は1500円程),さあいよいよ出発の日がやって来た.  
 新幹線の開業によって,首都圏と東北の移動時間はぐんと短縮されたとはいっても,私が住んでいるところは盛岡から2時間もかかるので,東京に出ようと思えば軽く5時間はかかってしまう.5月12日の隊士コンテストに参加するには当日の朝一で出かけてもいいのだが,基本的に朝寝坊の私にはきつい.そんなわけで11日の夜のうちに現地入りすることにした.ちなみにウチのKは昨年山本耕史目当てで日野に来たのだが,お祭りの雰囲気が気に入ったらしく,今年は専属従軍カメラマンとして12日の夕方に日野入りすることになっている.

鞄には衣装一式,さらに刀も持って出発です.
 
 11日の夕方仕事を終えて,衣装一式と刀大小二本を持って最寄の新幹線の駅に向かい,20時台の最終のはやてに乗り込んだ.東京駅からは中央線で新宿に出て,京王線に乗り換える.23時42分発の急行だったが,これが激混み!列車が揺れるたびに前後左右の人々の体重がのしかかって内臓が潰れるんじゃないかと思った.岩手県の有名な秘境駅路線のJR山田線や岩泉線では絶対に味わえない経験であった(それにしても,こっちの人はよくこんな環境に耐えられるな).
 結局大混雑の影響で10分くらい遅れて電車は高幡不動駅に到着,そこから徒歩で宿泊先のホテルに入ったのだった.シャワーを浴びてビールを飲んで結局寝たのは2時過ぎだった. 
 


4.コンテスト会場にて

 翌日5月12日の午前中は早起きしてあちこち見て歩こうと計画していたのだが,目が覚めると既に10時近く,コンテストの受付は12時から13時20分となっており,せめて12時半には会場入りしたい.そんなわけで本日の観光は高幡から比較的近い土方歳三資料館のみとなってしまった.資料館では特別企画として歳三愛用の兼定の刀身を展示していた.外に出ると天気は上々,むしろ暑いくらいだった.資料館を見学した後いったんホテルに戻り,シャワーを浴びてから隊服に着替える.ダンダラに袖を通すと一気に気分は新選組モードである.刀を差し,鉢がねを締めて腰にはひょうたんをぶら下げ(ネット上で知り合った方々に,目印にひょうたんをぶら下げると宣言していたため),さあいよいよ出陣だ.
 メイン会場である日野中央公園に着くと,すでに大勢の人たちでにぎやかであった(昨年のコンテスト当日は雨がひどくて,客足もまばらだったのとは大違いである).

神楽教授と1年ぶりの再会

コシゾウさんと
 
 さっそくコンテストの受付に向かう.すると前方には何やら見たことがある人たち.おー,神楽教授や去年の局長とその仲間たちだ.教授はいつもの龍馬扮装,局長は今年は何やら海軍士官の服装で腰には洋刀を下げている.既にみんなコンテストモード全開だ.傍らには昨年の土方のONEさんが,でっかいカメラを抱えていた.ONEさんは今年はゆかり隊のフランス軍人ブリュネ役で出場のため,コンテストは不参加で,かなりリラックスした様子だった.
 受付をして少しくつろいでいると,「源さん」と私に話しかける人が,見ると土方の洋装をした男性,「コシゾウです」,思わず絶句する私.コシゾウさんといえば,私の掲示板に写真が貼ってあるが,恰幅のいい人物のイメージ.しかるに目の前の人は……,副長そのものだ!減量に励んでいるという話は聞いていたが,ここまで似せてくるとは….すっかり脱帽の私でした.さらに去年九番隊隊長鈴木三樹三郎だった子も私のところにやって来た(彼女もまた新選組衣装にたすきがけでコンテストモードバリバリだった).その後コシゾウさんとコンテストについて話をしていると,番号札を下げた可憐な女の子がやって来た.「あのぉ,私軽い気持ちでコンテスト参加にマルしちゃったんですけど,やっぱり辞退した方がいいですか?」.聞くとひのパレ初参加らしく,やって来たのはいいが私やコシゾウさんの姿を見て,コンテストには扮装して来なきゃいけないのかと圧倒されてしまったらしい(こんな怪しいオッサンを目撃すれば無理ないか 笑).私とコシゾウさんは「いや大丈夫,我々が特に異常なだけで,会場に行けば普通の人もいるから」などと慰めにもならないことを言って励ました.
 そして13時40分,集合時間となりコンテスト会場となる特設ステージ脇に集合した. 
 
 


5.コンテスト1次審査

 今年のコンテスト参加者は45名と去年の1.5倍であった.ちなみに私は10番,コシゾウさんは16番だ.コンテスト1次審査は各自が制限時間内に何か好きなことをPRする.自己紹介でも,居合の型を見せるでも,はたまた一人芝居でも何でもいい.ただし舞台上で血を吐くのは禁止された(昨年血を吐く演技をした人が複数いたため).昨年は一人2分くらいの持ち時間だったが,今年は人数が多いためか一人1分の制限だった.番号の若い順に6人ずつステージに上がって,順番にパフォーマンスをするとのことで,我々は6人ずつ並ばされた(10番の私は2組目となる).1組目には件の三樹三郎の他,昨年永倉新八役だった女の子もいた.彼女は昨年長刀を使った一人芝居を演じていたが,今年も同様のコンセプトらしかった.ただ制限時間が1分と聞かされて,「1分じゃどうしてもまとまらないんですけど,絶対に1分じゃなきゃダメでしょうか」とすごく不安そうにしている.私は「3分超えるようならマズイでしょうが,2分以内なら大丈夫じゃないですか」などと根拠もないことを言って慰めるばかりだった(実際に1分で非情に打ち切られた人はいなかったが).
 さて私のいる2組目には,バリッと和装を決めたいかにも剣術の上手そうな男性(その着物には近藤勇の紋がついていた.こ,これは只者ではない!)がいたが,その他に私の隣には見覚えのある人が….向こうもこちらを見ている.「もしかして去年の…」,そう去年六番隊でお世話になったエルプロの方であった.「今年はコンテスト参加ですか」と聞くと,「ハイ」という返事.もちろん狙いは六番隊組長井上源三郎だ.実は今回からパフォーマンスコンテスト(パレードの途中で団体としてパフォーマンスを行い,表彰するという企画)が行われることになっており,彼女は六番隊を構成するエルプロの結束を固めるべく,隊長もまたエルプロが勤めるという,六番隊総エルプロ化計画のために送り込まれたエージェントのようであった(根拠なし,私の妄想かもしれません 笑).またまた強力なライバルの出現におののく私だった.
 私の後ろ3組目にはコシゾウさんのほか,先ほどの女の子がいた.さらに後方を見ると去年の局長や神楽教授はずっと後ろの方だった.その他ひときわ目を引いたのが,背の高い白人男性であった.今年のコンテストにはフランス人も応募していると聞いていたが,どうやら彼がそうらしい.これら有力なライバル達を迎えて,さあいよいよ1次審査の開始である.
 1組目から6人ずつステージに上がってパフォーマンスが始まった.新選組への思いを語る人,ステージで叫ぶ人,居合いの型を披露する人など様々である.ただ言えることは,やっぱりみんな熱い.2組目あっというまに私の順番がやって来た.名前を呼ばれると私はマイクに向かって走った.「奥州南部脱藩!○×△□,私が所属している医局には厳しい法度があります.それは……」,用意した模造紙を広げる私.そこには”医局中法度”の文字が, 
 
医局中法度書

一、医道ニ背キ間敷事
  (医の心を忘れるなということ)
一、医局ヲ脱スルヲ不許
  (つらくても勝手に病院をやめるなという意味)
一、勝手ニ副業致不可
  (お金が欲しいからと,勝手に他所の病院でアルバイトをするなということ)
一、勝手ニ診断書取扱不可
  (自分ひとりの判断で診断書を書くなということ)

  右条々相背候者切腹申付ベク候也

模造紙2枚に書き連ねた医
局中法度書です.
 
 「去年も法度にそむいた若い研修医が切腹しました(ウソ).尚切腹に当たってはこのアルコール綿で消毒して,外科用メスで腹を切ります!」と叫んだ.会場は「オーッ」というざわめき,とりあえずウケてはいるようだ.ここまでで1分ちょっと,余りオーバーすると心象が悪くなりそうなのでスパッとやめて退散した.かくして私のパフォーマンスはあっさりと終了した.

1次審査にてこの直後医局中法度が飛び出します(提供 風雅さん).
 
 定位置に戻った私はフーッと息をつき,後続の人たちのパフォーマンスを見る.私の次はエルプロエージェントのイノウエさん(芸名),さすがに源さんに懸ける熱い思いを語っていた.その次の近藤勇の紋をつけた和装の男性は,その外見どおりに鮮やかな演武を披露していた(愛媛県出身らしい).かくして2組目のパフォーマンスは終了し,我々はステージを降りた.その後もコンテストは順調に進み,コシゾウさんはこの日のために髪の毛まで抜いた苦労と土方歳三へのメッセージを熱く語っていた.また例のフランス人の男性は,日本語で「私の国フランスは幕府を応援していましたが,残念ながら薩長に敗れ…」と幕末期のフランスと幕府の密接な関係をアピールしていた(これはポイント高いかも).かくして1次審査は滞りなく終了した. 
 1次審査が終了すると我々は最初の集合場所に集められ,そこで実行委員会の方から「審査発表があるので3時半に再びここに集合してください.そして2次審査のセリフを,えーっと,誰が合格してもいいように覚えておいて下さい」と言われた.集合はともかく,合格できるかどうかもわからないのに暗記するのもなーと不真面目な私は思っていたが,昨年の永倉の女の子は合格を確信しているのか,暗記せざるをえないメンタリティーなのか一心不乱にセリフと格闘していた.審査の間特設ステージでは地元の子供達による演技が行われ,しばしほのぼのとした雰囲気が漂っていた.そしていよいよ1次審査の発表である.
 司会の女の人が「さあ,今私の手元に審査結果が来ております」と気分を煽り立てる.「ではランダムに発表いたします.11番,12番,16番…」,とりあえずコシゾウさんは合格だ,でもよりによって自分の次の番号から合格なんて,しかもランダムと言いつつ順番どおりじゃないかと泣きたい気持ちになってきた.合格は番号順に発表されながら,突然「4番,6番」と再び若い番号に戻った.オーッと思っていると,「10番○×△□さん」と私を呼ぶ声,あー合格だと涙を浮かべながら壇上に上った私でした.
 結局合格者はコシゾウさん,私の他,昨年の永倉の女の子,昨年の局長,エルプロのエージェント,近藤勇紋の男性,神道無念流の男性などであった.そして例のフランス人男性もめでたく合格した.
 


6.コンテスト2次審査

 そして引き続きコンテスト2次審査の開始である.2次審査は女優さんとの掛け合いの芝居をする.昨年は五稜郭陥落直前の土方歳三と市村鉄之助の離別のシーンだったが,今年の舞台は慶応三年暮れ,鳥羽伏見の戦い直前の二条城,城を守るためにやって来た近藤勇と水戸藩重臣のやり取りである.2004年の大河にも出てきた話で,成美文庫の新選組111の謎(楠木誠一郎著 2003年)にも触れられているが,もとネタの存在がわからない(子母澤寛の新選組始末記にも出てこない.だれか出典を知っている方教えてください).当然我々が近藤役で女優さんが水戸藩重臣役だ.
 番号の若い順にステージに上がり,まずは名前と希望隊士を言って演技が始まった.と思ったらさっそく問題表面化,テーマがマイナーすぎてみんなセリフを把握できない(泣).昨年の五稜郭のシーンは,恐れ多くもひのパレのコンテストに出場している人間なら誰もが知っている名場面,しかし今年は…….慌てた実行委員会の方が,「セリフの紙を見ながらでもいいから」とささやきながら審査は進んでいった(参加者がセリフに詰まると,件の女優さんがすかさず助け舟を出していた).そんな厳しい状況下,さすがに場慣れしている去年の局長は,「えーい,虎鉄のサビにしてくれる,ありゃ虎鉄じゃなかった」(今年の彼は洋刀を持参)とギャグをかましていた.私はというと,この際だからと水戸天狗党の武田耕雲斎や藤田小四郎の無念を晴らそうと,その名を出して女優さんに迫った(会場の何人が判ってくれたか不明だが).さらに,舞い上がっていた私は最初に名乗るのを忘れてしまい,演技の最後に女優さんから「よーくわかった.してそなたの名と希望の役は?」と聞かれて自分のヘマに気付いたのだった(希望隊士は昨年同様武田観柳斎と答えた).そんなこんなで2次審査は終了,審査の間今度は天然理心流の演武が行われた(注).
 約20分間の審査時間を経て,さあいよいよ発表の時である.とはいっても一次審査に通った段階で役付きは決まっているので気は楽だ.司会の女の人が10番隊原田左之助から順に発表していく.今年の合格者はそれぞれの希望隊士が結構ばらけていたため,大方予想通りの結果となった.昨年も書いたが,これは慶応元年七月(伊東甲子太郎とその仲間が入隊し,山南敬助が切腹した後)の編成表によるものである.

一番隊 沖田総司  背の高いフランスからの留学生
(ヒラメ顔ではありませんでした)
二番隊 永倉新八  1次審査で神道無念流を披露した方,希望通り
三番隊 斎藤 一  去年の局長.昨年は無外流を披露していた.希望通り
四番隊 松原忠司  去年の永倉新八
五番隊 武田観柳斎  私.希望通り(?)
六番隊 井上源三郎  エルプロのイノウエさん.希望通り
七番隊 谷三十郎 きれいな感じの女性
八番隊 藤堂平助  去年どこかで見たような気がする色白の女性
九番隊 鈴木三樹三郎  精悍な感じの男性.伊東甲子太郎が美男
だったとすれば,いかにもその弟といった感じ.
十番隊 原田左之助  近藤勇紋の男性.近藤勇希望だったが,
愛媛出身のため左之助になったと思われる.
 

 局長 近藤勇には,いかにも局長!といった貫禄の男性,そして記念すべき第10回ひの新選組まつりの主役,ミスター土方には我が盟友コシゾウさんが選ばれたのでした.コンテスト後一同市民会館の小ホールに移動して明日の注意事項の説明を受け,その後希望者は抜刀・納刀の練習を行った.
  その夜私はコシゾウさんとともに,高幡不動近くの居酒屋で酒を酌み交わしながら,明日のコンテストでの健闘を誓い合ったのだった.明日の予報は曇りのち晴れと上々,くれぐれも天気予報外れるなと祈るような気持ちで眠りに落ちていった.

  注 2次審査の演技はおととしは沖田と土方の掛け合い,昨年は函館での鉄之助との名場面だった.個人的には来年は沖田総司と婆さんの掛け合い(有名な沖田が黒猫を斬ろうとするシーン)なんかいいんじゃないかと思った.

なぜ武田耕雲斎らを見殺しにしたのかと迫る私(提供 風雅さん).

審査時間に行われた,天然理心流の演武


審査員の方々と記念撮影(提供 風雅さん)

 
 


パレード編へ続く

 

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