ビザンチン皇帝の部屋 本文へジャンプ

ホーム

海外旅行記録

国内旅行記録

非日常の世界

日常の世界

幕末・新選組の
小部屋

 ”100”の小部屋

学問の小部屋

掲示板

ビザンチン帝国
とは

アクセスカウンター
 SINCE 2011年9月25日
       

 シュレディンガーの猫


量子論の誕生

 量子力学に関した話題の中でシュレディンガーの猫という言葉が出てきます.以前ブログ友達の方から,このシュレディンガーの猫をわかりやすく教えてほしいというリクエストがあって,かつて書いたエッセイです.
 ただこれを説明するには量子論の話題を避けることができないので,どこまで迫れるか… です(汗).

 本来は面倒くさい数式が山ほど出てくる理論なんですが,
今回は数学が苦手な人にもわかるように,数式を一切使わずに書いてみます.
ですから,専門の方がみると時に ? という表現もあるかもしれませんが,
あくまで普通の人に量子論の空気を感じてもらうためのものですのでご容赦ください.

 それではしばしお付き合い下さい.

 シュレディンガーの猫とは,シュレディンガーさんが飼っていた猫のことではありません(それならこれだけで説明は終わってしまいます 笑).

 それはシュレディンガー(20世紀のメチャクチャ有名な物理学者)が,当時の物理学界の話題となっていた量子論に反論するために設定した架空の猫のことです.

 では,まず量子論のお話から始めたいと思います.

 最初は,物理学,特に力学とは何か?という話題です.
これは簡単にいえば,物体がどういう運動をするか理論的に説明する学問です.
 たとえばピッチャーがボールを投げると,時速●キロで,▲の方向に飛び出し,空気抵抗や地球の重力の影響を受けながら進み,×秒後にキャッチャーミットに収まることになります.

 このボールの動きをなんらかの理屈で説明するのが力学です.
特に17世紀に登場したニュートンは,非常にシンプルな方程式で様々な物体の運動を正確に表現することに成功しました.これがニュートン力学あるいは古典力学と呼ばれるものです.

 ニュートンの力学があまりにも素晴らしく,またその後電磁気学など物理学の他の分野も著しく進歩したことから19世紀末には,

 『物理学は理論としてはほぼ完成し尽くされ,残る問題は実験精度の向上だけだ』

などと言われていたのです.

 しかし,実はこの頃からニュートン力学では説明できない現象が発見され始めていました.

 これにはいろいろな現象があるんですが,たとえば原子の構造です.
中学校の理科で,原子はプラスの電気を持った原子核の周りをマイナスの電気を持った電子がまわっていると習ったと思います.ちょうど太陽の周りを地球が回っているイメージです.

 しかし,実はこの2つのモデルには決定的な違いがあります.
 太陽と地球の間に働く力は万有引力です.地球が太陽に近づこうとする万有引力と地球が太陽を回る際に発生する遠心力がちょうど釣り合うことで,地球は安定して太陽の周りをまわっています.軌道に乗った人工衛星が落ちてこないのも同様の理屈です.

 一方原子核と電子の間に働く力はプラスとマイナスの電気の力です(もちろん万有引力も働きますが,電気の力に較べるとあまりに小さいのでほとんど無視できます).
 電気の力は強力なので,マイナス電気の電子がプラス電気の原子核に引き寄せられないためには,ものすごい速度で回転する必要があります.これは,速度が上がれば上がるほど遠心力が大きくなるためです.

 ところが,古典物理学には電気を帯びた物体が円運動をすると,電磁波を放出してエネルギーを失うという法則があります.
 これに従うと原子核の周りを回る電子は時間とともにどんどんエネルギーを失っていくことになります.エネルギーを失えば,当然電子のスピードは落ちます.すると,ついには原子核に引き寄せられる電気の力に負けて,電子は原子核に落下するはずです.

 つまり古典物理学に従えば,電子は原子核の周囲を回っていることはできないということになります.しかし現実にはこのようなことはなく,電子は安定して原子核の周りを回っています.

 ニュートン以来の古典物理学はこのことを説明できませんでした.
そこで登場したのが量子論で,特に量子論で語られる力学を量子力学といいます.

 量子論の基本的な考え方は,

 『この世のすべてのものには粒子と波の両方の側面がある.』

 ハイ,なんのことかわかりませんね.わかる方が変です(笑).
簡単にいえば,野球ボール(粒子)と海の波(波)が同じだというのですから.まさに,そんなバカな! 非常識! です.

 ちなみに粒と波の二重性というのは,粒のような波のような(半分粒で半分波)モノという意味ではありません.ある時は粒のように振る舞い,ある時は波のように振る舞うというのです.

 つまりは,粒のような形をしていたかと思うと,次の瞬間には波に変わってしまう… そんなお化けのような存在だというのです.
理性を重んじる物理学者が主張するようなことじゃないですよね.
だからこそ,アインシュタインを初めとする錚々たる物理学者たちが顔を真っ赤にして反対したんです.しかも,実際に物体が波になったり粒になったりする場面を見た人は一人もいないんですから.

 じゃあ,どうしてこんな突拍子もない意見が出てきたんでしょう.
それは,この理論(粒と波の二重性)を採用すると,これまで謎とされていた物理現象,古典物理学では説明できなかった現象が面白いようにスイスイと説明できてしまうからです.

 つまり量子論は誰かが実験をしてそういう現象を発見したのではなく,現実におこっている現象を上手く説明する方法はないかと考えているうちに沸いてきた理論なのです.

 実は皮肉なことにこの量子論の発見に先鞭をつけたのはアインシュタインでした.
彼は金属に光を当てると電子が飛び出す現象(光電効果 これも古典物理学では説明できない現象ですが,長くなるので詳細は省きます)を研究しているうちに,従来は波と考えられていた光を粒子と考えると上手く説明が付くことを発見したのです(光が波の性質を持つことは昔から様々な実験で知られていました).
 アインシュタイン自身はこれが後に量子論に発展していくとは夢にも思ってなかったでしょう.

 で,このアインシュタインの考えに触発されて,波と思われていた光に粒子としての性質があるなら,粒子と思われている電子にも波としての性質があるんじゃないか,というトンでもないことを考えた人がいました.その人の名はド・ブロイというフランス人,彼の考えだした概念を物質波といいます.
 この物質波の考えを先の原子の構造に当てはめてみましょう.

 電子が原子核の周りを回っているという考えは,古典物理学では説明できませんでした.そこで考え方を変えます.原子核の周りを回る電子を波と考えるのです.そうやって計算していくと,なんとなんと,電子の回っている軌道の長さは,電子を波と考えた場合の波の波長の整数倍になっていたのです.
どうしてこれが凄いことかというと,波というものは基本的に先に進んでいき,一か所にはとどまらないものです.ただ例外があって,波の波長の整数倍の長さでは,安定的に留まれることがわかっています(定常状態).
縄跳びの縄の両端を2人で持って,上下に揺らすと,ある一定のリズムで動かした時に縄が安定的に揺れることがありますが,これが定常状態です.この時の縄の長さは波の波長のちょうど整数倍になっています.

 つまり,電子が原子核の周囲を回っているというのは,太陽と地球の関係のようなものではなく,原子核の周囲を電子が波のように振る舞い,定常状態にあるために安定していると考えるのです.

 わかりにくい話ですよね.でも仕方ないんです.もう少しお付き合いください.
   


コペンハーゲン解釈とは

 では,原子核の周りを波のように振る舞いながら回っている電子って,私たちからはどのように見えるのでしょう.

 電子は本来は(これも変な言い方ですが)粒子なはずですから,ある時間を指定すれば,原子核周囲のどこか一点に存在するはずです.
 一方,波はそういう性質のものではありません.どこか一点ではなく,空間全体に広がっています.

 この相反する現象をうまく説明するためにいくつかの解釈がなされました.その中でもっとも代表的なのが,コペンハーゲン解釈と言われるものです.
コペンハーゲンはデンマークの首都ですが,当時この街にボーアをはじめとする優秀な物理学者が集まっており,かれらを中心として考え出された解釈であることからこの名があります.ちなみにボーアは量子論開発のリーダー的存在で,量子論の是非について生涯アインシュタインと激しく論争しました.

 このコペンハーゲン解釈では,原子核周囲の電子は,「どこそこにある」と断言することはできません.場所によって存在する確率の高いところや低いところはあるが,どこにでも存在していると考えます.これは「本当はどこか一点にあるのだが,私たちには確率でしかわからない」のではなく,本当に確率に従ってどこにでも存在すると考えるのが,この解釈の立場です.

 じゃあ,仮に私が原子核の周囲に手を伸ばしてその辺の空間をつかんだらどうなるでしょう?握った手を離したら,そこに電子があるかもしれません(確率ですから).その場合,電子は手を伸ばした場所にあったと考えていいのでしょうか.そこ以外の場所にはなかったと断定してよいのでしょうか.

 結果だけ見ればその通りですが,コペンハーゲン解釈の立場はこうです.
 私が手を伸ばして空間をつかんだ瞬間に,本来あった電子の状態が変化して,電子は私の手の中という一点に収束したと考えるのです.

 つまり人間が手を出したことで電子は本来の波としての振る舞いを失い,一粒の粒子という形をとって姿を現したわけです.極端なたとえですが,「だるまさんがころんだ」という子供の遊びがあります.鬼役の子が目をつむって「だるまさんがころんだ」と言っている間,他の子供たちは好き勝手に動いています.
 しかし,鬼役の子が目を開けた瞬間,他の子供は一斉に動きを止めてしまいます.本来の子供たちは盛んに動き回っている姿の方ですが,鬼役の子にとっては,銅像のようにみんな止まっている姿しか見えません.
 あるいは,先生がいない状態ではおしゃべりをしていた生徒たちが,怖い先生の足音を聴いた瞬間,一斉に静粛になる様子でしょうか.

 先生から見ると,この生徒たちは非常に行儀が良く見えますが,生徒たちの本来の姿はおしゃべりをして騒いでいる方です.怖い先生という存在によって,生徒の本来の姿が隠されてしまっているのです.

 量子論における観察とはこういうものなのです.

 人間が観察する前には,様々な可能性が確率で存在していたのが,人間の観察(干渉)によって一つの形に収束する.これが重ね合わせという考え方です.
   


不確定性原理

 そして1927年にハイゼンベルグという若い優秀な学者によって,不確定性原理という有名な法則が見出されました.

 これは物体の存在する位置と速度を,同時にかつ正確に知ることはできないという原理です.詳しい数式などはすべて省きますが,私たちが空を飛んでいる鳥を観察する時に,その速度を正確に知ろうとすると,今いる位置が不明確になり,位置を正確に知ろうとすると,速度が不明確になるのです.

 これは観測技術が未熟だからではなく,たとえ神の目を持ってしても原理的に不可能だと言っているのです.

 ただこれを言うと,おやと思うかもしれません.飛行機の管制官は航空機の速度と位置を正確に把握して的確な指示を出しているじゃないかと.

 その通りです.しかし不確定性原理はこの場合も成り立っているのです.
不確定性原理は位置の不正確さと運動量の不正確さを掛けたものはプランク定数よりも小さくはなれないという原理です.

 プランク定数は 6.6×10-34 という物凄く小さい数です.
したがってミクロの世界ならともかく,飛行機のような巨大な物体を相手にしている限りは無視できる数字なのです(仮に飛行機をジャンボジェット,ボーイング747として,距離の誤差を1mmとすると,飛行機の速度の誤差は時速0.00000… と0が30個以上並ぶくらい小さな数字になります).

 このように,物事を正確には知りえないという立場は,科学とりわけ物理学は万能であるべきと考える学者には許せないものでした.相対性理論で知られ,量子論の端緒を作ったアインシュタインや,1926年に波動方程式を作って,量子論の完成に大きな貢献をしたシュレディンガーはこの理論に対して終生異議を唱え続けました.

 このシュレディンガーが量子論の矛盾を指摘するために持ち出したのが,本日のタイトルでもあるシュレディンガーの猫なのです(やっと本題に入った 笑).
   


シュレディンガーの猫

  シュレディンガーは次のような思考実験を提案しました.

 まず,1個の箱を用意してその中に1匹の猫を閉じ込めます.そしてその箱に,とある装置を接続します.その装置にはある核物質が入っていて,1時間に50%の確率で放射線を出すものとします.放射線が出ると,装置が起動して毒ガスが発生し猫がいる箱の中に毒ガスが流れ込みます.
 要するに1時間の間に確率50%で猫が死んでしまうわけです.もちろん放射線が出て装置が起動したかどうかは外からはわかりません.

 で,問題はここです.

 1時間後私たちは猫が閉じ込められた箱の前に立っています.中に入っている猫がどうなっているのかは,もちろん箱を開けなければ判りません.量子論の立場から言えば,この時猫は50%の確率の死んだ状態と,同じく50%の確率の生きている状態の半々が重なり合っていると考えます.もちろん半分生きて半分死んだ状態とは,息も絶え絶えで瀕死の状態にあるという意味ではありません.完全な生と完全な死が重なり合った状態です.

 そして私達が箱を開けた瞬間,猫は生か死か確率50%でどちらかに決まるわけです.

 普通に考えれば,箱を開ける前から猫の生死は決まっているような気がします.毒ガスが発生するかしないか,その瞬間を私たちは見ることができませんが,実際には必ずどちらかが起こっており,たとえ私達が箱を開けなくても猫は生きているか死んでいるかどちらかに決まっているハズだからです.
 これは,猫の生死は決まっているが私達が知らないだけだという考え方です.

 しかし,量子論的な発想は違います.以前書いたように量子論の立場に立てば,猫の生死は箱をあけるまでは本当に確定しておらず,箱を開けてはじめて,生死いずれかに収束すると考えるのです.

 常識的に考えればこの量子論的発想こそナンセンスな気がします.過去1時間以内に起こったハズの現象(毒ガスの発生の有無)が箱を開けるまで本当に確定しないというのですから.これがシュレディンガーの猫のパラドックスです.

 このパラドックスは非常に難易度の高いもので,未だに万人が納得する解決策は見出されていません.ただ,その解釈としてよくSFに取り上げられるパラレルワールド(並行世界)が考え出されるなど,興味深い議論がなされています.

 このように量子論はワケがわからないのですが,今私達が使っているパソコンや携帯,スマホなどはみな,この量子論にしたがって動いており,量子論は私たちの生活に密着しているのです.

 非常にわかりにくい話だったかもしれませんが,いかがでしたでしょうか?
   



 

トップページに戻る   学問トップに戻る