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 日本の道100選


 8.盛岡市寺町通り(岩手県盛岡市)
  現代と調和する歴史的道〜 

 
 江戸時代,今の北東北の半分以上の地域に広がっていた南部藩20万石の城下町が盛岡である.北上川,中津川,雫石川という3つの川の合流点に城が築かれ,その周辺に城下町が広がるという構造であり,今でも市街地にたくさんの橋があることで知られる(ほとんど戦災を受けなかったこともあり,今でも狭い道路が多く,橋のところで慢性的な渋滞が発生することが問題になっている).
 そんな城下町盛岡には寺院も多いのだが,藩政時代大きな寺院が市街地の北部に集められてできたのが北山地区だ.そしてそこを貫くように通っているのが
寺町通りである.現在は20を超える寺院が集中する寺町で,県庁や市役所の北側,住所でいうと名須川町にあたる.
 片側一車線の道路で両側に歩道も整備され,周囲にはお寺の土塀や老舗のお店が並ぶ落ち着いたずまいとなっている.

盛岡市寺町通り

清養院周辺
 
 通りとしては400メートルほどと短い区間だが,周辺には国の天然記念物に指定されている龍谷寺のしだれ桜や,岩手という県名の由来となった鬼の手形がある三ツ石神社などの名所がある.
 三ツ石神社にある大岩に関しては,
”昔羅刹という名の鬼がこの地にいて悪行を重ねていた.人々が三ツ石の神に祈ったところ,鬼は捕えられ大きな岩に縛り付けられた.たまりかねた鬼がもう悪さはしない,ここには来ないと約束して逃がされた.この時に約束の証として鬼の手形が押された岩がこの神社にあり,それが岩手という名前の由来とされる” という伝承になっている.
 この寺町通り,現在は国道455号線の一部となっているが,この道は盛岡を北西に進んで早坂峠を越え,岩泉町から太平洋に至る道であり.江戸時代には沿岸部から内陸へ塩を運ぶ大事なルート(野田街道)として活用されていた.
 (散策日 2014年4月20日)
 

赤喜商店というお蕎麦屋さんです

岩手の名の由来となった岩


龍谷寺のモリオカシダレ

 

顕彰碑
 
顕彰碑の場所 東顕寺の横にあります.  


 

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