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 日本100名城スタンプラリー


 85.福岡城


 九州地方最大の都市福岡県福岡市だが,街の顔ともいうべきJRの中心駅は博多駅で福岡駅ではない.というか,そもそも福岡市にはJR福岡駅が存在しないのである(西鉄には西鉄福岡駅がある).世間でも博多の名称が有名なため,中には博多市なんていう市町村があると勘違いしてる人もいるらしい.博多は古来商人の町として発展してきたのだが,江戸時代以降那珂川を挟んで反対側に福岡という城下町が発展,明治維新後この2つが合わさって福岡市になったためである.要するに本来は博多だったが,後から隣にできた福岡という街に吸収合併されたような感じである.
 そんな福岡の街の中心が福岡城となる.この城を築いたのは2014年の大河ドラマの主役である黒田官兵衛(如水)の息子黒田長政である.如水は竹中半兵衛とならぶ豊臣秀吉の軍師として有名で,一方その子長政は武将として九州での島津との戦いや後の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)で勇名をはせている.親子そろって豊臣恩顧の大名と言えるが,晩年の秀吉が如水の智謀を恐れて彼を遠ざけたこともあり,親子ともども徳川家康に接近,関ヶ原では東軍に属して戦った.そして戦後の論功行賞でこの地に約52万石の大封を与えられたのである.
 当初長政は小早川隆景が築いた名島城(今の福岡市東区)に入ったが,海に面した名島城は水軍の拠点としては優れていても,太平の世の拠点としては手狭で,城下町の形成にも適さないことから博多を挟んで那珂川の対岸の地に新しい城を築いた.これが福岡城である.東は那珂川を天然の堀とし,西には当時博多湾の入り江の一部だった部分を埋め立てて堀を造った(今の大濠公園).本丸の北と東に二の丸,さらに三の丸が取り囲む

大きな濠

東御門跡

祈念櫓

多聞櫓
 
縄張りで(いわゆる梯郭式),その広さは25万平方メートルに及ぶ.本丸には立派な天守台も造られましたが天守はなかったとされている.これは天下人になったばかりの家康を警戒させないためと推測される.結局福岡城は江戸時代を通じて黒田家の居城として存続し明治維新を迎えることになった.
 明治後廃城となり,現在跡地は舞鶴公園となり,運動競技場などが置かれています(かつては西鉄ライオンズやダイエーホークスの本拠地だった平和台球場もここにあった).当時の遺構としては石垣やいくつかの櫓・門が残されている.
 (登城日 2009年9月21日)
 

天守台の石垣

鉄御門跡

天守台の埋門跡
 

裏御門跡

下之橋御門

外から見た門と潮見櫓
 
 
福岡城へのアクセス: 地下鉄大濠公園駅から徒歩5分程度   

スタンプの設置場所 舞鶴公園内の鴻臚館受付にあります

登城のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 構内は広いですがそれほどの体力は要しません.


スタンプ
 


 

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