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 日本100名城スタンプラリー


 79.今治城


 四国内にに100名城に認定された城郭は9つあるが,そのうち5つは愛媛県の城である.1県5城は長野県,兵庫県とならんで最多となる.
 そんな愛媛県の100名城でもっとも東に位置するのが今治城である.今治城のある今治市は松山市に次ぐ県内第2の都市である.瀬戸内海の海上交通の四国側の要衝であり,江戸時代には今治藩の城下町として繁栄していた.
 そんな今治城を築いたのが,築城の名手といわれる藤堂高虎である.浅井長政,豊臣秀吉に仕えた高虎だが,秀吉の死後は徳川家康に接近し,関ヶ原の戦いでは東軍側に立って奮戦した.戦後その功績によって今治20万石を与えられてこの地に入り,慶長7年(1602年)から築城を開始,2年後に完成したと伝えられている.
 今治城は8町16間(約900メートル)四方の城郭に三重の堀を巡らし,堀の水は海水を引き入れて利用した典型的な水城であった.当時本丸には天守が置かれていたが,慶長13年(1608年)に高虎が伊勢に移封されると,解体され後に丹波亀山城の天守として再利用されたといわれている.
 現在遺構として残っているのは,内堀と本丸,二の丸の石垣で,その他多聞櫓や鉄御門などが再建されている.一応天守も建てられているが,慶長年間の詳しい資料などが残っているわけではないため,史実に基づかない模擬天守とみなされている.
 とはいえ,築城の名手藤堂高虎が築いた見事な石垣はそれだけで一見の価値があるといえる.
 (登城日 2009年1月11日)

今治城復興天守

御金櫓

高麗門と山里櫓

多聞櫓
 

藤堂高虎像

武具櫓

天守から見た瀬戸内海
 
 

今治城へのアクセス: JR今治駅から徒歩20分程です.また瀬戸内バスにて今治駅前から今治営業所行きで約7分,今治城前下車です(瀬戸内バスHP 時刻表検索から時刻がわかります).

 

スタンプの設置場所 天守受付にあります

登城のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 普通の公園です.


スタンプ
 


 

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