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 日本100名城スタンプラリー


 78.丸亀城


 讃岐の国は,今日の香川県の領域にほぼ一致しているが,江戸時代には寛永年間に讃岐一国を支配していた生駒氏が改易され,その後東西に分割された.東の高松藩には水戸光圀の兄,松平頼重が入る一方で,西讃岐には新たに丸亀藩が立藩され,山崎家治が入封した.その後山崎氏は3代で無嗣断絶,改易となり,その後は京極高和が入って,京極氏支配のまま明治に至る.

丸亀城天守(重文)
 
 丸亀城は今の丸亀市内の南にある小高い丘である,亀山の上に築かれた平山城となっている.その歴史は室町時代にさかのぼると言われるが,現在の形になったのは慶長年間の生駒親正の時代である.生駒氏は豊臣秀吉,さらに関ヶ原の戦い後は徳川家康によって讃岐の所領を安堵され,本城である高松城に対する支城
として丸亀城を築いた.山上の本丸に天守が置かれ,その周囲に二の丸と三の丸が配置されている輪郭式の城である.加えてそれらの曲輪が非常に高い石垣の上に乗っているため,遠くから見ると高い石垣の上にそびえ立つ城郭であることがわかる(ギアナ高地ではないが,テーブルマウンテンに乗った城という感じ).城の周囲には堀(当時は内堀)が廻らされている.
 丸亀城は北側に大手,南が搦手になっていて,真正面の大手一の門,二の門は国の重要文化財に指定されている.ここから三の丸に向かって長い坂道が続く.ここが見返り坂と呼ばれる道で,ここをひたすらに登っていくと,ようやく三の丸に到着である.ここからさらに一段高いところに二の丸,本丸があり天守が聳えている.
 丸亀城の天守は,17世紀後半に京極氏の時代に作られたものである.全国現存12天守のひとつで,規模は決して大きくないものの,高石垣の上に建つその姿は見る者に感動を与えるのだった.
 明治以後廃城となったものの,幸い天守を含むいくつかの建物が残され今に至っている.現在は亀山公園として市民の憩いの場になっている.
 (登城日 2009年1月11日)

大手二の門(重文)

大手一の門(重文)

丸亀城の堀と天守
 

見返り坂

高石垣

二ノ丸跡
 

搦手口

御殿表門

丸亀城全景
 
 
丸亀城へのアクセス: JR丸亀駅から徒歩20分程度ですが,コミュティバスなら5分です(時刻表 全部で5路線ありますがすべて丸亀城に行きます)   

スタンプの設置場所 天守内にあります

登城のハード指数(★☆☆ ハードではありません) ちょっと登りはありますが大丈夫と思います.


スタンプ
 


 

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