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 日本100名城スタンプラリー


 59.姫路城


 全国に数ある城郭の中でも,近世城郭は豪華な石垣や天守などの建造物の存在と相まって,一般に人気が高いと思われる.こうした近世城郭の中でも国宝に指定されている4城(松本城犬山城彦根城姫路城)は特に有名だが,その中でベストを選べといわれた時に,おそらくは多くの人が選ぶであろう城郭が,今回ののテーマ姫路城である.写真で有名な白い天守群は壮麗のひ

国宝の姫路城天守群
 
とことで,暴れん坊将軍をはじめとする時代劇で,この城の外観が江戸城としてロケに使われるのもうなずける(その他城郭の模型でも姫路城は定番である).
 そんな姫路城が築かれたのは南北朝時代,足利尊氏の有力武将だった赤松貞憲によるとされている.当時は砦程度のシンプルなものと思われるが,この姫路の地が
 
山陽道の要衝であったことから,その後ここに入った武将によって順次整備が行われた.戦国時代になると小寺政職の部下だった黒田重隆(黒田如水の祖父)が城代として入り,拡充が行われたようである.
 その後織田信長が台頭し,その武将である羽柴秀吉が進出すると黒田氏はその配下となった.天正8年(1580年)には秀吉によって本格的な改築が行われ,天守を持つ近世城郭に生まれ変わった.
 関ヶ原の戦い後は池田輝政が城主として入り,この時に今に残る壮麗な城郭が完成したといわれている.輝政の死後池田家は鳥取に転封となり,以後は譜代大名が頻繁に入れ替わる状態になったが,18世紀半ばに酒井氏が15万石で入ってからは幕末までその支配が続くことになった.明治維新後廃城となったのはその他の城郭と同様だが,天守を含む多くの建造物が保存され現在に至っている.
 姫路城はJR姫路駅に到着し,駅を出た瞬間からその雄姿を拝むことができる城で,今では世界遺産にも指定されるほど有名になっている.(尚,現在姫路城は平成の大修理に入っており,見学にあたっては注意が必要である).私が訪問したのはお正月であったが,大勢の人で賑わっていた.
 (登城日 2010年1月3日)

菱の門

いの門

カの櫓
 

百陂L下

化粧櫓内部

十字紋瓦
 

ろの門

備前門

水五門
 

ちの門

大手門

大小天守
 

化粧櫓

帯の櫓

播州皿屋敷で知られる井戸
 
 
姫路城へのアクセス: JR姫路駅から徒歩15分程度   

スタンプの設置場所 入場券売り場のところにある管理事務所にあります

登城のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 広いですが,山城ではないので楽に見学できます.


スタンプ
 


 

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