江戸時代になった寛永4年(1627年)に丹羽長重が入り白河藩が立藩,彼の時代に城下町や今に至る白河小峰城が形成された.城の特徴は壮麗な石垣で東北地方の城郭では盛岡城などのほかあまり例がない.特に本丸跡にある同心半円形の石垣は貴重な存在である.一方で10万石とあまり規模の大きな藩ではなかったこともあり天守は造られなかったが,代わりに本丸には御三階櫓が置かれていた.
前述のように白河は要衝であり,江戸時代を通じて藩主の交代が激しく行われた.幕末の戊辰戦争でこの地は戦場となりこの時に場内の建物の大半が失われてしまった.明治維新後は廃城は免れたものの,戦禍のために長い間,建物はなく石垣や堀の一部,曲輪などが残るのみであった.しかし平成の時代になってようやく御三階櫓や前御門が再建されている.これは江戸時代の古絵図から地元の木材を使って忠実に再建したもので,従来他の城郭で行われていた鉄筋コンクリートでの外観のみの復元とは一線を画す画期的なものであった(もっともそのおかげで,安全上の理由から一度に櫓に入れる人数に制限が課されることになったのだが).櫓内部の板には戊辰戦争時の材料を再利用したものもあり,当時の銃痕が残る部分もあって生々しい.
この御三階櫓はJR白河駅ホームからはもちろん,近くを走行する東北新幹線の車内からも見ることができる(新幹線の東側になるのでA,席が一番見やすい).
(登城日 2008年5月31日)
注: 白河小峰城は東日本大震災の地震によって本丸などの石垣が損傷を受けたため,現在御三階櫓を含めた本丸には入場できないようです. |
白河小峰城は石垣も凄い |
同心半円形に石が詰まれている |
御三階櫓の内部 |
戊辰戦争時の銃痕 |
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