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 光学異性体の不思議


L体とD体

 アミノ酸は私たち人間にとって必須の物質です.アミノ酸はタンパク質を分解して得られるので,私たちは普段はタンパク質の形でアミノ酸を摂取しています.
 ただ,なんらかの理由でアミノ酸が摂取できない,もしくは腎不全などで特定のアミノ酸を摂取することが好ましくないような場合には代替の方法がとられます.

 写真@はネオアミユーという腎不全時の点滴用のアミノ酸製剤です.
それに付いている成分表(写真A)を見ると,含まれているアミノ酸名が書かれていますが,よく見ると,アミノ酸名の前にはみなの文字があります(グリシンを除く).

写真@ アミノ酸製材

写真A 成分はほぼL体
 
 これはどういうことかといいますと,アミノ酸や糖などの有機化合物には,同じ構造式であっても立体的な配置が異なる光学異性体というものが存在するからです.

 たとえて言えば,右手と左手の関係です.

 右手と左手は同じ形をしていますが,2つを重ね合わせることはできず,ちょうどお互いが鏡に写したような関係になっています.こういう光学異性体の片方をL体,もう片方をD体と呼んでいます.いってみれば,左手のアミノ酸,右手のアミノ酸ということでしょうか.
 たとえば,有名な調味料味の素の原料であるグルタミン酸ソーダ,これにはL−グルタミン酸D-グルタミン酸の2種類が存在します.有機化合物から工業的にグルタミン酸ソーダを作ると,L体・D体が半々ずつ生成されます(右か左か確率ですから半々というわけです).これに対して自然界に存在する,たとえば昆布に含まれているグルタミン酸ソーダはなぜかみなL体なのです.同じように他のアミノ酸や糖類なども自然界に存在するのはほとんどがL体で,D体は稀な存在です.味の素に含まれているグルタミン酸ソーダもすべてL体なのです.

 右も左も同じじゃないかと言ってはいけません.私の大学時代の化学の先生は自分でD−グルタミン酸ソーダ(D体の味の素)を合成して舐めてみたそうですが,L体の味の素(普通の味の素)のような旨味はなかったそうです.

 考えてみればこれは当然で,味を感じるには物質が,舌に存在する味覚を感じるレセプターにはまる必要があります.自然界のアミノ酸・糖類はほとんどがL体なので,レセプターもみなL体仕様になっているわけです.右手と左手も一見同じように見えますが,右手の手形に左手がはめられないように,L−グルタミン酸ソーダで旨味を感じるレセプターに,D−グルタミン酸ソーダははまることができないわけです.
これは右利き用のグローブは右手にははめられない.右利き用に作られたハサミは左手ではうまく切れないというのと同じです(私の友人で左利きの方がいますが,職場で包丁を持たせてもらえないそうです.うまく切れなくて危ないからという配慮かもしれません).
 自然界でなぜL−体が優位なのか,化学の大きな謎とされています.
 


円偏光

 しかし,2010年4月に,この謎を解くきっかけになるかもしれないニュースが出ました.これによると,宇宙のある場所では円偏光と呼ばれる,特殊が光が照らされている空間があることがわかったのだそうです.
 偏光というのは読んで字のごとく,偏った(かたよった)光です.光は波であるということはよく知られています(以前量子論を勉強した方は「光は粒子じゃないのか?」と突っ込むかもしれませんが 笑).太陽光や蛍光灯の光など普段私たちが目にしている光は,縦横斜めいろんな方向の波の光が集まってできています.それに対して何らかの方向にのみ揃った波を偏光と呼ぶのです.下の絵で左側が色々混じった自然光,右が方向が揃った偏光です.
   

偏光の概念
   
 この偏光には種類があり,光が進む方向から見た時に(絵右にある目玉から見た時)直線に見える偏光を直線偏光と呼び,円に見える偏光を円偏光と呼びます(上の絵は直線偏光です).円偏光とはらせん型でネジのように進む光です.渦巻きみたいなものをイメージして下さい.
 で,ここがポイントなんですが,渦巻きには右巻き左巻きが存在します(カタツムリもそうですね).したがって円偏光には右円偏光左円偏光があることになります.
 実は光にはエネルギーがあります(光エネルギー,だから太陽発電ができるわけです).この時に右利きと左利きじゃないですが,右円偏光と左円偏光には微妙な性質の違いがあります.すなわちアミノ酸などのD体,L体にぶつかった時,片方の円偏光はエネルギーをよく伝えるのに,もう片方の円偏光はエネルギーを伝えないのです.
この辺の機序を説明するのは難しいんですが,たとえとして赤いセロファンを通して見ると赤い文字は見えなくなりますが青い文字は目立ちます.逆に青いセロファンを通すと,青い文字は判読不能になり赤い文字はよくわかります.これと似たようなイメージと思って下さい(かなりアバウトですが 笑).

 ですからこの時特定の円偏光にさらされると,D体・L体いずれかのタイプの物質は円偏光からエネルギーを受けて分解されてしまうのです.結果,その円偏光がある地域ではD体またはL体どちらかのみが優勢になってしまうのです.

 仮に太古の昔,私たちの太陽系周辺では片方の円偏光に照らされていたとすると,この影響でD体の有機物は分解されてしまい,今に続くL体優位の地球上生物が誕生したということになるのです.

 化学の謎が一気に宇宙的なスケールになりましたね.
ちなみにこうした偏光は人工的に作り出すことも可能で,社会の様々な場面で利用されています.
   
     



 

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