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 SINCE 2011年9月25日
       

第20回ひの新選組まつり参戦!


1.節目の回

 さて,自分にとって春の恒例イベントとなっているひの新選組まつりも今年は20回の節目の回を迎える.思い返せば初めて参加したのが2006年の第9回で,以後ほぼ毎年参加している思い入れの深い行事だ(ほぼというのは,東日本大震災の余波で中止となった2011年5月の代替で同年秋にひっそりと開催された(らしい 笑)幻の第14回に参加していないため).このお祭りで知り合った仲間も多く,以前は事前に行われる隊士コンテストから参加するのが定番だった.
 しかし,震災を挟んだ心境の変化や,かつて一緒に参加して遊んでいた仲間たちの大半が卒業してしまったこと,この間確実に世代が変わってきて,特に近年はゲームやアニメ等から新選組に入って来た人達が増えていることもあり,自分のようなオールドタイプの新選組愛好家が入りにくい空気を感じるようになってきたのも事実である.その中で気が付いたら自分の中でコンテストに対する情熱が失われてしまったのか,震災以降はコンテストには出ていない.
 とはいえ参加して楽しいイベントであることは間違いないため,2012年(第15回)以降は本隊での一般隊士もしくは新選組と同時代の人々枠で参加するようになっている.特に新選組と同時代の人々は,メンバー構成のカオスさに加えて,本隊とは違った,まったりしたゆる〜い雰囲気が自分に合っているようで,2012年以降は本隊と同時代隊(?)がほぼ半々の割合になっているほどだ.
 


2.どういう形でで参加するか?

 ひの新選組まつりは土方歳三の命日に近い5月の第2週末に開催されているのだが,これはあくまでも慣習であり正式な日程はお祭りの実行委員会の発表を待たねばならない.近年はツイッターなどのSNSが発達し,観光協会の公式アカウントもあることから,協会のホームページよりも先にツイッター上でアナウンスがされることもある.しかし今年に関して言えば2017年1月31日にHPとツイッターで同時にお祭りは5月13&14日であること,副長土方歳三ら幹部を決める隊士コンテストは5月13日に行うとの公式発表があった.

今年のポスター
 
 参加形式はこれまた例年と同じ @衣装貸し出し隊士参加,A衣装持ち込み隊士参加,B同時代の人々参加の3種類である.ただ例年と違うのはBの同時代枠に関して,希望の役がある場合にはそれに対する思いをPRする欄が用意されていた(曰く,「理由や意気込み等,希望の配役に対する熱い思いをご自由にお書きください。」とのこと).ちなみにいうとこの同時代枠は当初募集される役柄と,実際に当日登場する役柄が一致しないという妙味があるのだが(笑),今年に関して言えばそういう不一致はあまりないものと思われた(作文でPRしたうえでその役柄が消えたら応募者はショックだろう).
 で,自分であるが,ひの新選組まつりの肝は隊士での参加と解っているのだが,今年もパレード前日(すなわち隊士コンテスト当日)に高校の在京同窓会と懇親会があるためコンテストの参加は不可能である.またそういう日程のため,隊士衣装を引きずっての都内移動も大変なので,今年も同時代枠での応募とした.一方で,第15回の松本良順や第19回の清河八郎のように「何としてもこの役を」というのもなかったこともあり,”希望無し”に丸をして申し込んだ(作文書くガッツがないからというのはナイショです 汗). 
 


3.参加決定!

 そうこうしているうちに参加申し込みの締め切り(今年は3月3日)が過ぎた.この間自分はラオスに旅行に行ってたり,仙台での祈りのコンサートに参加したりと走り回る生活を送っていた.そして仙台から帰宅した3月11日の夜家のポストを覗いたら一通のハガキが入っていた.そう,日野市観光協会からのものである.さっそく裏返してみる.

 新選組パレード参加通知
この度は、第20回ひの新選組まつりのパレードにご応募いただきありがとうございました.今年のパレードでは
 高杉晋作 役をお願いいたします…
   

参加決定通知はがき
   
 た,高杉晋作 ( ゚Д゚)    

幕末の風雲児高杉晋作
   
 長州の高杉晋作である! 東北出身で南部藩士の末裔,会津&新選組びいきの自分が高杉晋作とは… と目が点になった瞬間である.
 が,今年の同時代枠は総長山南敬助や参謀伊東甲子太郎,土方歳三の小姓市村鉄之助を始めとして幕府方,新選組関係者が主体である.当然それらの役柄には多くの希望者が熱い作文を送ってPRしているはずで,自分のような希望無し人間がそうした役に選ばれる可能性はゼロである.とすれば新選組愛好者層にはイマイチ人気のなさそうな薩長勢の配役に決まるのは必然なわけで,こうしたことは申し込んだ時点で想像しておかなければならなかった.とはいえ申し込んで選ばれた以上はやるしかない! と速攻で参加費を振り込んだのはいうまでもない.
   


4.役作り

 さて,参加が決まった以上は楽しまなくてはいけない(笑).高杉晋作といえば,「動けば雷電のごとく 発すれば風雨のごとし」と評された奇人である.長州藩の上級藩士の家柄に生まれ藩校の明倫館に学んだものの,そこでの形式的な学問に飽き足らなかった彼は久坂玄瑞に誘われて吉田松陰の松下村塾に学ぶ.そこでめきめき頭角を現し,文久二年の上海視察によって清国が欧米列強の半植民地状態に置かれていることに衝撃をうけた.帰国後はイギリス公使館の焼き討ちなど攘夷行動に走るとともに,文久三年には身分によらない軍事組織である奇兵隊を結成する.その後は藩論が揺れ動く中,謹慎・逃亡を余儀なくされる時期もあったが,元治元年の馬関戦争に敗れた後の列国との難しい交渉に引っ張り出されこれを解決し,その才能をいかんなく発揮する.そして続く第一次長州征討では藩論が幕府への恭順に傾くなか,同年12月にわずか100名足らずの兵を率いて長府の功山寺で挙兵,藩論を一気にひっくり返して以後長州藩は倒幕一本に邁進することになった.その後も西に東にと走り回るが,こうした無理が祟ったのか慶応二年頃から体調を崩し,結局翌慶応三年4月14日,下関にて病没したのである.大政奉還のちょうど半年前のことだった.
 そんな高杉晋作は酒と音楽(そして女 笑)を愛した人物だった.同じく幕末を代表する坂本龍馬を象徴するアイテムがピストルとブーツだとすれば,高杉のそれは(酒の入った)瓢箪と三味線ということになるのであろう.このうち瓢についてはひのパレ歴代高杉の付属アイテムになっているが,
 
さすがに三味線はそうではない(かつて長州マニアの参加者が自分で持ち込んでいた例はある).せっかく楽しむのだから三味線も欲しい〜 というわけで思い切って購入することにしたのだった(本当は高杉が愛用していたという道中三味線(いくつもに細かく分解できる仕様の三味線)が欲しかったのだがどこにも売ってなかったので,安い学校教材用のを購入した).

今回購入した三味線
 


5.案内通知

 で,そうこうしているうちに年度が替わり4月になった.年度初めの慌ただしい日常があっという間に過ぎていった4月下旬のある日,日野市観光協会からの封書が届いた.もちろんひの新選組まつりの参加要項である.内容は例年と大きな違いはなく,集合が高幡不動尊の信徒会館に7時半であること,午前中が高幡パフォーマンス(かつては高幡パレードと呼んでいた時期もあったのだが,あまりに短いためか近年は高幡パフォーマンスの名称が定着),午後が日野地区にてパレードとなっていた.この日野地区,特に甲州街道でのパレードは数年前から完全に車両通行止めにしての開催になったため,以前よりも華やかなものになっている.
 そして注意事項として,パレード中勝手な行動をしないこと(特に決められた場所以外での抜刀),堂々と行進することに加えて,昨年あたりから出てきた

*パレード終了後、速やかに着替えをお願いします。
 高幡不動尊信徒会館は18:00で完全閉館となります。

   
   
がひときわ目を引いた.こういう文言があるということは,実際になかなか着替えをしない人がいるということである.以前はこうした文言は目立たなかったが,思うに近年はいわゆるレイヤー系の参加者も増えているので,そうした人たちが写真を撮るのに夢中になるあまり時間を忘れてしまう事態を反映しているのかもしれない.    


6.同窓会

 そしてゴールデンウィークもあっというまに過ぎて,いよいよ第20回ひの新選組まつりの週末がやってきた.お祭りは土日2日間の日程であるが,土曜日は出張から帰り都内で合唱団の会合,その後高校の在京同窓会&懇親会の流れになるため日野には全く近寄れなかった(30キロくらい近くまでは行ったが 笑).
 そんな同窓会の後は同学年による懇親会へと流れる.ここでは1年ぶりのメンバーも多く,久しぶりの昔話に杯も進む.気が付いたらしこたま飲んでしまった.

同窓会の懇親会
 
 11時過ぎにお開きとなり,そのまま電車でこの日の宿泊地である立川に向かう.幸い寝過ごすこともなく無事に立川駅で下車,そのまま駅前のホテルにチェックインしたのだが,アルコールと疲労から一気に眠り込んでしまった.  


7.パレードの朝

 普段は寝坊なくせに,こういうイベントの日は早起きになる自分,今年も目が覚めたのは6時だった.外を見渡すと曇ってはいるが雨は降っていない.これなら催行は間違いないだろう.昨夜の深酒の影響か,ちょっと具合が悪かったが,一昨年前の時のようなひどい状態ではない(笑).昨夜は部屋に入ると同時に爆睡したため,シャワーを浴びてすっきり,そのままホテルをチェックアウトをして駅に向かった(ホテルの朝食は7時開始なので間に合わず,また軽い二日酔い(笑)のため食欲もない).
 立川駅からモノレールで高幡不動へ,駅改札口のコインロッカーに余分な荷物を置いて三味線と巾着袋だけ持って着替え会場となる高幡不動尊に向かう.1年ぶりで懐かしい参道を歩いていると,何やら数人の観光客が写真を撮っている.何だろうとみてみると,その先にいたのは土方歳三のゆるキャラっぽい着ぐるみだった.実はこれヒジカタ君という函館の観光キャラなのだそう.今日はわざわざ日野に出張してきた(里帰り?)ようである.

懐かしの参道

これがウワサのヒジカタ君(足つぼの看板との組み合わせがいい!)
 


8.高幡不動尊にて

 高幡不動尊の境内に入ると,土方歳三像や五重塔を横目に見ながら奥に進んでいく.まもなく着替え場所である信徒会館に到着した.ここの受付で名前と役柄をいうと袖章と記念品を渡された.ここ数年の記念品は土方歳三うどんが定番だった気がするが今年は小さな飾り用の旗だった.
 会館入り口で靴を脱いで上がり,そのまま3階に登っていつもの大広間に入る.すでに多くの参加者が集まっていた.畳の上に整然と並べられた衣装を見渡すと,高杉晋作と書かれた衣装が見つかった.

今年の記念品
 
 高杉衣裳は以前は渋い色の長衣と羽織だったのだが,2年位前から白っぽい長衣のみになっている.これは同じ倒幕派である桂小五郎や清河八郎あたりと差別化を図るためかと想像した.衣裳の脇にはアイテムとして大きな瓢箪が付いているのはいうまでもない.で,さっそく着替え開始,係りの人がスムーズに着せてくれるのであっという間に完了である.その後メイクへと進む.

信徒会館大広間
 
 例年このメイクが律速段階になるのだが,自分が行ったときはたまたま混んでいない時間なのかすぐに取り掛かることができた.高杉晋作と言えば,今残っている写真では頭は総髪である.ひのパレの高杉も以前は総髪だったが,ここ2年くらいはなぜか月代になっていた.これは過去2年は若い人が扮していたため,その方が似合うからかと勝手に思っていたのだが,ふとメイク係のメモを見ると,”高杉晋作 月代(沖田風)”とあるではないか! どうやら今年も月代らしい,ということでメイクは進んでいった(ひのパレで月代は初めてだ).
 メイク終了後,腰に大小を差し瓢箪を結び付ける.そして持参した三味線を取り出し調弦をして準備は完了だ.前日のコンテストで永倉新八役となった常連の快男児!!さんに写真を撮ってもらったのだが… どうみても高杉晋作には見えない,こりゃ民謡のオジサンだな(笑),と笑いが込み上げてきた.
 周囲を見渡すとすでに着々と準備が進んでいて,昨日のコンテストで合格した幹部隊士の方々や土佐の坂本龍馬,幕臣の勝海舟らが記念写真を撮っていた.またここ数年お祭りの進行係を務めているお奉行やその仲間(配下?)の姿もあった. 
 

民謡歌手ではありません(笑)

幹部隊士が集結しています

坂本龍馬と記念撮影
 


9.出陣式の合間に

 ちなみに今回の同時代の人々のうち長州藩は高杉晋作と桂小五郎の二人であった.そのうち高杉は自分であるが,相方の桂に扮するのは地元の常連の男性である.毎年出会った枠で参加しているものの,役柄に対するこだわりはないようで,過去には西郷隆盛を4回やったという豪の者だ.「そういえば今年は西郷隆盛がいないですね」と私がいうと,「ほら,来年の大河が西郷だがら,それに向けて1回飛ばしてるんじゃないですか」との答え,たしかに来年は西郷イヤーだからこの出会った隊もたくさんの薩摩勢が入ってくるなぁと納得したのだった.
 そんなこんなで時間をつぶしているうちに外を見ると,浅葱色のだんだらがたくさん歩いている.そろそろ外に出てみようということで,桂・高杉の長州勢に加えて,土佐の坂本龍馬,幕臣の勝先生,榎本総裁の5人で会館の外に出た.見ると本隊の隊士が整列して出陣式が行われる大日堂の方に向かっていく.ちょうど七番隊が通り過ぎるところだったが,ふと見たらこのお祭りのレジェンド神楽教授の姿が! 手を振ったら気づいたようだが,ちょっと意外そうな表情をしていた(たしかに高杉だとは言ってなかったもんな 笑).その後も隊士たちを見送り,十番隊の原田左之助に,「いよっ!征夷大将軍」と野次を飛ばしていたビザンチン皇帝だった(今年の左之助はワイルドな感じでカッコいい!).
 本隊はこれから大日堂前での出陣式になるが,例年出会った隊(特に西国系)はお呼びではないためその辺で時間をつぶすことになる.今年は先に挙げた5人(勝手に倒幕ファイブと命名,榎本さんはバリバリの幕府方なのに 笑)で不動堂に参拝したり,土方像付近で一般の観光客の方々と交流して過ごした.ここでも小さい子供連れの観光客に「一緒に写真を撮ってもいいですか」と聞かれ,「どうぞどうぞ」と言ったものの,肝心のお子様が怖がって寄ってこない(笑).桂さんが「大丈夫だよ〜、悪い人じゃないから」と声掛けしていたが,「たしかに悪い人じゃないけど,いい人かといわれると疑問が残るよなぁ」と考えていた.
 どうせ次はここで法楽だから,このままここにいてもいいんじゃないかと話をしていたら,スタッフ姿の若い男性がやって来て,「そろそろ信徒会館に集まってください」とのこと.聞いたらこの方が出会った隊の世話役らしい,そこで5人は信徒会館に戻ることになった.
   


10.同時代の人々集合

 信徒会館に戻ると,ここでようやく本日の新選組と同時代の人々の集合である.このグループは毎年微妙にメンバーが変わるのがミソなのだが,募集要項によると今年は新選組総長山南敬助,同じく参謀伊東甲子太郎,多摩時代の土方歳三,近藤勇の妻つねさん,榎本武揚,大鳥圭介,勝海舟,伊庭八郎,山本八重,坂本龍馬,桂小五郎,高杉晋作,これに基本的にミスター土方と行動を共にする市村鉄之助を加えた13名である.1,2,3… と数えると確かに鉄之助を除いて12人いる.が,なんか違和感が… 女の人が多い気がするぞ… あっ!お琴さんがいるじゃん,でもって大鳥圭介がいない! ど,どういうことだろう? 直前でキャンセルになったのか,申込者がいなかったのか,謎である(ちなみにお琴さんは前日の着物コンテストでクイーンに輝いた方とのこと).
 なにはともあれ,前述のメンバーから大鳥圭介を抜かしてお琴さんを加えた12名が今年のメンバーというわけである.この頃になると出陣式を終えた本隊が続々と大日堂から降りて五重塔の方に向かっていった.我々も10番隊の後についてそちらに進み始める.
 五重塔そばの土方像前では恒例の法楽が行われる.高幡不動尊の貫主様による読経,合掌に続きミスター土方による献花と進んでいく.ここは厳粛な雰囲気で進んでいくので,さすがのビザンチン皇帝も「いよっ!征夷大将軍」なんてヤジを飛ばす勇気はなかった(そんなことをしたら来年以降出禁だな 笑).そしてミスター土方の挨拶と移っていく.今年のミスターは女性で(変な表現 笑),「みんなで楽しんでいこうぜ」みたいなイケイケな感じで好感がが持てた.そして勝鬨を挙げていよいよ高幡パフォーマンスの開始である(この頃にウチのKも不動尊に到着,盛んに写真を撮っていた.このレポの写真の9割以上はKが撮ったもの).
 

法楽の時間

今年のミスターです!

局長は去年のミスター
 


11.高幡パフォーマンス

 行進は高張提灯や横断幕を先頭に副長,局長,そして一番隊から建制順に進んでいく.我々同時代隊は十番隊の後なのでしばしの待機となる.で,行進順をどうするかだが,なんたって新選組まつりなのだから総長と参謀が2トップになり,その後ろに多摩の歳三と女性陣,伊庭八郎と山本八重の鉄砲コンビ(この鉄砲の重いこと! これを担いでの一日パレードは大変だろうなと思った),榎本&勝の幕臣組と坂本龍馬,そして殿が高杉&桂の長州コンビというみごとなシンメトリック隊形になった(おまけに新選組関係や女性陣,鉄砲陣は若い人ばかりだったので,後に行くほど年齢が上がる感じにもなっている).ここでようやく我々の隊旗ならぬプラカードがやって来た.パレード中これを持って行進してくれるのは地元の小学4年生生の女の子だった(今年はプラカード無しかとウワサしていた 笑).
 やがて十番隊が勝鬨を挙げて出立すると,いよいよ我々の順番となる.音頭を取るのは新選組総長と参謀,「いくぞー!」と勝鬨を挙げて声を合わせる桂や高杉という構図は違和感満載で素敵である (*^^)v.
 さて,不動尊の前には横断歩道があって,ここで必ず定期的に流れが止り,下手をすると隊が分断される恐れがあるのだが,そこは係員がうまく誘導していた.係員に「急いでくださ〜い」と促されて走っていくのだが,下駄ばきの歩きにくいこと… そういえば自分,下駄履きでパレードは初体験だが,こんなに歩きにくいとはと感じたのだった.
 横断歩道を渡った後は,例年のように右に進み,ちょっといったところを左折して住宅街に入る.ここでまた待機である(この,ちょっと歩いて待機という繰り返しがひのパレの神髄であるが).ここで待機があるのは,前のグループから順番にパフォーマンスをやるからなので仕方ないのだが,後ろに位置するため必然的に待ち時間が多くなる.

今年もパレードの開始!

運が悪いとこのように信号に止められる

先頭はちびっこ隊

いよいよ本隊の登場です
 
することがないので,周辺の人たちと歴史談義や世間話に花が咲かせていた.昨年はこの辺りから強い日差しでぐったりし始めたのだが,雨上がりの曇りの今日は気温も上がらず快適である(今日みたいなのをパレード日和というのか).
 高幡パフォーマンスは,参道を舞台に本隊各隊やゆかり隊(会津新選組や玉造隊,岡山新選組など全国各地の新選組が主体,ちなみに我々同時代の人々もゆかり隊の一部)がパフォーマンスをする.参加している人間からするといったい何をやっているのか全く分からないのだが,ウチのKが撮ってくれた写真によると本格的なパフォーマンスは本隊と出会った隊の行進の後に行われたようである.
 しばらくして前方が動き始め,我々も参道に入っていく.前の十番隊の紹介&勝どきが終わるといよいよ我々の番である.司会者が「新選組総長山南敬助殿,伊東甲子太郎殿…」と紹介していくのだが,見事に我々の並び通りの紹介だった(すなわち龍馬,高杉,桂が最後)のが感動だった.こうして午前中の部はあっというまに終了となり我々は高幡不動尊の境内に戻った. 
 

騎乗のミスター土方

同じく騎乗の局長

今年も沖田総司はカワイイ
 

永倉新八は熱いハートの快男児!!さん

今年の斎藤一です

松原忠治はたましんの方のようです
 

風貌が独特の武田観柳斎は今年も健在です

今年の源さんは去年の局長ですね

六番隊の後方にフロドンさん見っけ(笑)
 

近年の谷さんは何気にカッコいい気が…

レジェンドの神楽教授とひのパレ皆勤の南雲さん

今年の魁先生,ゾクッとする色気が…
 

今年の三樹三郎は富士電機の方です

カッコいい今年の原田左之助です

さあ,真打ち(笑)同時代隊の登場
 

多摩の歳三さん,色っぽいです

隊の後方が倒幕系(笑)

三味線弾く高杉晋作
 

中野竹子率いる娘子隊は実践女子大の薙刀部

毎年常連の会津新選組同好会の方々

滝野川隊と玉造隊は古参の方々です
 

市ヶ谷試衛館と岡山新選組,本庄新選組の方々

日野市明るい社会をつくる会の方々です

殿は恒例の日野新選組同好会の皆さん
 


12.参道のパフォーマンス

 さて,ここでウチのKが撮ってくれた参道のパフォーマンスの様子を紹介する(自分達パレード参加者は決して見ることがなかったもんなぁ).  

会津新選組同好会のパフォーマンス

新選組玉造隊のカッコいい芹澤局長

本庄新選組(団体としては初参加?)
 

殺陣同志会のパフォーマンス

ん? 大根が…

おおっ!切れた
 

日野新と

官軍の戦い!

ちびっこの演技
 


13.昼休み

 高幡パフォーマンスの後は,これまた恒例の長〜い昼休みとなる(この段階でまだ10時半).が,その前に五重塔前で各隊の写真撮影へ.これまた建制順に行われるので,我々は必然的に後の方,見ると五重塔に向かう階段は長蛇の列である.こんな感じでいつになったらたどり着けるのだろうと思っていたら,桂小五郎が「ちょっとお弁当の場所取りをしてきますよ」と出かけて行った.近年大半の部隊は高幡不動尊内で昼食となるのだが,結構まとまった場所の確保が大変なのである.常連の桂さんはさすがその辺をわかっていてこうした気配りをされているのだ.

写真撮影に向かう長蛇の列
 
 桂小五郎が去ったあともまだまだ待ち時間は続く.すぐ隣には原田率いる十番隊がいる.もう10年以上独特の大河衣裳の原田左之助,過去に胸の部分が当たって痛いという声が多かったので,「衣装似合ってますよ !(^^)!,痛くないですか?」と声掛けしたら,「大丈夫です」とのお返事だった.それにしても近年は抜刀に厳しい目が注がれるひのパレであるが,一方で原田や谷の槍や娘子隊の薙刀など長物にはあまりそういう話は聞かない.その辺のバランスって結構面白いねなどと周辺で話していた.その間にも徐々に隊列は移動し,ようやく写真撮影の順番が回ってきた.場所取りに出かけていた桂さんも無事戻り撮影に臨む.同時代隊は総勢12名と少ないので,並びはスムーズに確定し無事に終わった.   

今年の公式記念写真(後列の5名が自称”倒幕ファイブ” 笑)
 
 その後は大日堂で異様に早い昼食である.世話役の若いガイドの方がお弁当とお茶を持ってきてくれた.ひのパレのお弁当と言えば以前は”新選組ふるさと弁当”が定番だったが,予算の関係なのか昨年からセブンイレブンのお弁当に代わっている(笑).この時間になるとさすがに昨夜のアルコールの影響はかなり抜けていたが,まだ胃腸は回復していなかったのか三分の二ほど食べてお終いにした.昼食のお弁当にはお茶も付いているのだが,毎年500mLサイズ.お弁当の時間だけ飲み切るのは困難であるが,一方で余ってもサイズが大きいので持ち歩くのも難しい.結局毎年破棄せざるを得ないのだった(350mLサイズなら余っても持って歩けるのに… 実行委員の方々お願いします m(__)m.
 昼食後はバスで日野地区に移動となるが,まだまだ時間があるのでしばし境内を散策する.三味線を弾きながら歩いていたら観光客の人から「何かやって!」と言われたので,

今年もセブンイレブンの弁当

写真からゆる〜い雰囲気が伝わってきます(山南総長提供)
 

「三千世界の〜 鴉を殺し〜」

という高杉が作ったとされる都々逸を歌ったり,

「是より長州男児の腕前お目にかけ申す」

などと新選組まつりにあるまじき台詞を吐いたりしていた(すみません 汗).
 午後のパレードに向けて用を足してこようと不動堂裏のの御不浄へ,用を済ませて外に出たら懐かしい顔が!! 宇都宮のコシゾウさんじゃありませんか (^。^).今年は所属している居合いの方々の演武のナレーション担当で来ているとのこと.かつてはともに参加していたものの,近年は忙しくて来られなかった同志,感慨深いものがあった(気持ちぽっちゃりしていて,「お互い太ったよね」などと笑いあった).一方でこの頃相方の桂さんは「カーネーションを買いに行きます」と商店街に出かけて行った.何でも沿道に見に来るお母さまに差し上げるものとか… なんて親孝行なんだ! と感激したビザンチン皇帝である.
 

こういう構図何気に好きです(去年の高杉さん提供)

どうみても流しの芸人にしか見えない(同左)

コシゾウさんとの記念撮影

 


14.アウェイの洗礼

 さて,長い昼休みが終わり午後のパレードの拠点となる第一小学校に向かうことになる.我々もバス乗り場に向かうべく歩き始めた.不動尊を出て左に曲がり,歩道を進んでいく.例年バス乗り場になっている場所を過ぎても隊列は止まらない.大丈夫か?と思っていたら道の反対側に砂利が敷き詰められたスペースが用意されていた.ここがバス乗り場らしい(去年はこんな更地なかったように思うのでここ1年以内にできたのか?).しばらく待っていたらバスがやって来た.
 このバスに乗り込んだのは我々出会った隊の他に娘子隊や会津新選組の方々,

アウェイで冷や汗の高杉晋作(八重さん提供)
 
うわぁ〜 完全アウェイだ (^^;)

すっかり居場所を無くして冷や汗をかいていたビザンチン皇帝だった.
 そんなことを考えているうちに,どこをどう通ったかわからないコースでバスは停車,ここから歩いて第一小学校に入る.すでに本隊は先に到着していて午後のパレードに向けて準備に余念がないようだった.ガイドの方の話では校庭内では抜刀練習可とのことである(実際に練習をしている隊もいた).
 

これは六番隊の練習?

蝦夷新選組です

舞台ではこんなパフォも
 

 ここ数年日野地区のパレードは甲州街道を2回行進し,2回目に新政府軍の銃撃を受けるというパフォーマンスが定着している.本隊はもちろんそれぞれ趣向を凝らしたパフォーマンスをするのだが,同時代隊ももちろん何かやろうということで話し合いとなった.
 で総長や参謀,女性陣などから石田散薬をからめたネタが出て,それで準備することに.それぞれ役割が与えられていったのだが,どうしても余ってしまうのが長州勢2人(笑).これには桂さんが,「いやぁ,この同時代枠そのものがお祭りの中で浮いた存在ですけど,私らはその中でもさらに浮いた存在なんですね」と感慨深そうだった.ちなみにビザンチン皇帝が当初考えていた銃撃ネタは,新政府軍が構えたところで,「待て!ワシは長州のものだ,撃たないでくれ〜」と言って敵方に走っていく(可能ならさらに敵方について「撃て!」と偉そうに指図する)というものだった.

話し合いをする出会った隊

結局こんな感じに(*^^)v 
(八重さん提供)
 
だがこの雰囲気でこれをやると悪目立ちしそうなのでボツにして,替わりに他のメンバーが石田散薬ネタをやっている間に自分と桂さんはシレっと横に移動して沿道の観客に紛れるパターンに決めた(「シッ! ワシら長州じゃけん,味方に歯向かうわけにはいかんのじゃ」とかなんとか呟く).
 このようにパレードの準備が進む中,ふと見渡すと校庭の真ん中にでっかいパネルがあって,そこでミスターと局長が観光客たちと記念写真を撮っている.見たところまだみんな気づいていないのか,それほどの人出ではない.チャ〜ンス! とばかりに飛んで行ってちゃっかり記念写真を撮ってもらったのだった(笑).
 

ちゃっかり記念撮影ですが,非常にシュールな構図(笑)


レジェンド神楽教授と.思えばひのパレでは神楽教授とのツーショットが何気に多い(笑)

幕末のゆるキャラでしょうか
 
 その後付近を散策していたら,「ドクター!」と呼ばわる声が… ひのパレで私のことをこう呼ぶ人は1人しかいない.武州レディースのラブさんだ! 毎年このお祭りで沿道から声援を送ってくれるラブさん,新選組愛に満ちた方である.毎年ここで前年のパレード時の写真をいただくのが恒例になっているのだが,今年も去年の写真をいただいた(ありがとうございます).  
で,私の姿を見て「え〜!なんで高杉なのよ」と寂しそう,ごめんなさい深い意味はないんです m(__)m,心は新選組と共にありますからと必死に謝る皇帝だった(汗).
 そうこうしているうちに午後のパレードの時間が近づいてきて,参加者一同三々五々隊列を形成し始める.自分達も十番隊の隣に陣取るのだが,ふと見たら見知った顔が… ひのパレのレジェンド神楽教授じゃありませんか.事前にSNSで今年は意外な役ですと言っていたので「龍馬かと思ってました」と教授,いやいや龍馬は人気キャラなんで,希望無しで選ばれるハズないですよとお話しした.その後第10回からずっと絡んでいるフロドンさんも来てくださり,一部で引退宣言を出していたエルサブが実は今年も出ているという話を聞いた(やっぱりな 笑).
 そんな旧交を温めているうちに時間となり,いよいよ午後のパレードの開始である. 

集合した本隊

こちらはゆかり隊
 


15.日野地区パレードその1

 さて,ミスター土方の号令一下午後のパレードの開始,一番隊から建制順に出立していく.やがて十番隊が出発してようやく我々も歩き始める.第一小学校の裏門のようなところを出ると,そこは用水路(日野用水)が流れる細い通りである.ここは佐藤彦五郎資料館に面した道であり,まもなく資料館のレンガの建物が見えてきた.観光客の姿もたくさん見える.今日はあの有名な写真も展示されてるんだろうなと想像する.そうこうするうちに川崎街道に出る.ここを右に曲がって進んでいくとまもなく甲州街道との交差点に到着した.

先頭はやっぱり横断幕
 

 ここ数年日野地区のパレードは甲州街道を完全車両通行止めにして開催されている.かつては半分だけの閉鎖だったため,日野宿本陣側の歩道には見物人がたくさんいたものの,反対側は普通に車が走っていたため,何となく中途半端な印象があったが,完全閉鎖によって交通事故の心配もなくより盛り上がるようになっている.
 いよいよその甲州街道に入り,最初の勝鬨ポイントである.午前中と同様総長,参謀以下の紹介が行われ勝どきを挙げる.沿道にはたくさんの観光客が見守っていて大いに盛り上がっていた.新選組の山南総長や伊東参謀はさすがに人気で盛んに声援を浴びる.また「つねさ〜ん」,「八重さ〜ん?」など女性陣の人気もすごい.さらに榎本総裁も扮した人がイケメンだったこともあって盛んに声援を受けていた.また倒幕系でも坂本龍馬はやっぱり知名度が高く,「あっ!龍馬だ」と人気だった.一方で同じ倒幕系の長州は… まあ新選組まつりなんだから当たり前だがあまり人気がない(笑).オマケに沿道では誠の旗や会津藩の旗が振られている.いやぁ〜,目のやり場に困る… ここでも強烈なアウェイの洗礼を受けたのだった(下関や萩では人気なんだけどなぁ 笑).

午後も元気なミスターと局長

なにやら山車が!
 
 そんな中ふいに,「高杉〜」という声がする.振り向くとそこにはラブさんとお友達の姿が!盛んにこちらに手を振っている.「ああ,ありがとうラブさん,いいよ無理しなくて」と心の中で泣いた皇帝であった(ウチのKを別にすれば,この日のパレードで一番高杉に注目してくれたのは間違いなくラブさんだな).
 ちなみにパレード中地元テレビ局(?)が参加者にインタビューをしていたのだが,そのインタビューアーがバレーボールの大林素子さんだったらしい!
 そうこうしているうちに2度目の勝鬨ポイントも無事通過,そのまま八坂神社の境内に入る.
 

保育園児隊

少年剣士

春日隊
 

岡山新選組の皆さん


国際交流隊とひの散策組の皆さん

今年もいました日野しんせん野菜隊
 


16.日野地区パレードその2

 過去にはこの八坂神社で休憩という年もあったが,今年は休みはなくそのまま神社の境内を抜けて再び佐藤彦五郎通りに抜ける.ここで恒例のお茶(例年通りお〜いお茶の200cc缶)が配られた.が,止まっている暇はなくそのまま歩きながら飲み干すのは例年と一緒である(今年は涼しくて快適なパレードなので,渇望するほど旨いという感慨はなかった).
 2年ほど前からこの佐藤彦五郎通りにも勝鬨ポイントがあり,ここにも司会進行役の方がいて各隊の紹介をする.我々の順番がやってきて,例によって「新選組総長山南敬助殿…」と紹介を始めたのだが,なぜか勝先生を飛ばしてしまうというハプニングがあり.「きっと司会の人が緊張していて一行飛ばしちゃったんだろう 笑」とウワサしていた.

パレード2周目の開始

スリーショット!
 
 隊列は第一小学校を横目で見ながら佐藤彦五郎資料館の前を通り,川崎街道を経て再び甲州街道にやって来た.2周目のパレードである.1周目は基本的に抜刀&勝どきのみだったが,今度は新政府軍の銃撃を絡めた各隊パフォーマンスの見せ場がある.前方ではパチパチ銃の音も聞こえて俄然盛り上がって来た.パフォーマンスの分待ち時間が長くなるのも宿命で,しばしここで前方が動くのを待つことになる.この頃になると朝からの曇り空からようやく薄日が差し始めた.暑くなるなぁと思って待っていたら,「下駄ばきは大変でしょう (^。^)」と私に呼びかける人が… 見ると,にこやかなご年配の男性が… 岡山の長倉さんじゃないですか!(長倉さんは新選組二番組長永倉新八生家のご子孫で岡山在住).「いやぁ,先生じゃないかと思ってました.お疲れ様です」とにこやかに笑うそのお姿は,晩年の永倉新八そのものだ.「ありがとうございます.本当に遠路お疲れ様です」とお答えしつつ,「あれっ?自分のことをご存じだったんだ ( ゚Д゚),う〜んと,長倉さんと自分の接点で何だろう…」

「ま,まさかこれ!! (;゚Д゚)」 
 

第12回コンテストのネタ(笑)
 
心の中でうぎゃぁ〜と叫んだビザンチン皇帝だった(笑).
 長倉さんとお話しているうちに隊列が進み始める.この後はいよいよ小学校で準備していたネタの披露の順番だ,同時代隊一同に緊張感が走るのが後方からもよくわかった.
 そして司会者の紹介に続いて行進が始まり,さあいよいよ来るか! と思ってたら,「あれっ?鉄砲隊いないぞ… どうなってるんだ?」,ふと横の路地を見るとさっき十番隊に銃撃をしていた人達がたむろしているではないか.どうやら今年の銃撃は新選組本隊のみだったらしい(後から聞いたら時間が押していて省略された模様.残念 ((+_+))).せっかく準備したネタは封印となったものの,同時代隊一同,呉越同舟のゆる〜い結束を見せ最後の勝どきを上げてパレードを締めくくったのだった.

同時代の人々の行進

つねさんのかくし芸(笑)
 
 この後は八坂神社前で閉会式が行われる.我々のところからは遠くにしか見えなかったが,今年も佐藤彦五郎に扮した市長さんやミスター土方の挨拶が行われていた.  

市長さんの挨拶


今年のパフォーマンス賞は二番隊のようです

ミスター土方の締めの挨拶

 


17.パレードを終えて

 閉会式を終えた一同はそのまま第一小学校に戻り,ここからバスで高幡不動尊に戻り帰陣式という流れとなる.例によって建制順にバスに乗るため我々は必然的に待機である.ガイドさんの話によると我々の出発は4時くらいとのこと,今の時刻はというとまだ3時15分,なんと45分もあるじゃないか! 周辺には帰陣式に参加できないんじゃないかと不安がる人もいたが,「十番隊もいることだし,彼らが着くまで始まらないだろうから大丈夫じゃないか」などと無責任なことを語っていた私だった.
 この時間になると観光客の姿もかなり減り,全体的にゆったりした雰囲気になっている.どうせ時間はあるのだからと一同あちこちで思い思いの写真を撮っていた.
 自分も上海土産の拳銃を龍馬に渡すシーンとか奇兵隊結成などのシーンを撮って遊んでいた.

記念撮影(伊東先生提供)

先ほどまでライブが行われていたステージで
 

坂本龍馬にS&Wを渡す


奇兵隊結成


十番隊vs,奇兵隊
(伊東先生提供)
 
 そうこうしているうちにようやくバスの時間になる.ここまで残っていた九番隊,十番隊そして我々はバス乗りに向かって歩き始める.待っていたらちょうどバスが2台いた.乗り切れるかなと思っていたら十番隊が乗り終わった段階で満員… 泣く泣く次のバスを待つことに.頼みの十番隊が行ってしまったことで,本当に帰陣式には間に合わないんじゃないかと不安になる.それでもまもなくバスがやってきて一同乗り込んだ.
 来る時と同様,どこをどう通ったかわからないルート(途中で万願寺の駅付近を通過したのは憶えている)で高幡不動尊に到着する.
 不動尊の土方像前では隊士たちが焼香をしているところだった.予定表によると帰陣式は像の前となっていたので,帰陣式はもう終わってしまったのかと思ってたら,これから大日堂前でやるらしい.自分もゆっくりそちらに足を進めた.
 
 この帰陣式をもって第20回ひの新撰組まつりは終了となる.隊士一同名残惜しそうにあちこちで記念写真を撮っている.時計を見るとすでに5時20分,係員の方が「潤徳小学校で着替えの方,小学校は6時で完全閉鎖になります.移動時間も考えて行動してください」と叫んでいたが,まだまだ人々の熱気は続く(今年の資料に注意事項として載っていたわけだ 笑).自前衣裳の人は最悪そのまま帰宅すればいいのだが,貸し出しの人はそうはいかない.実行委員会も大変だなと思った.

綺麗どころ発見!
 
自分もいろいろ写真を撮ったりしていたが,程よいところで切り上げて信徒会館に向かう.衣裳を外しメイクを落としていつもの皇帝に戻った.  

さながら記者会見状態
といった感じです(笑)

沖田総司とのネタ写
(労咳コンビ)

元治元年12月15日
功山寺決起!
 
 今年は(自分にとって)近年で一番充実したパレードだったように思う.今回は思いがけず長州藩士というお祭りの趣旨と真逆な立ち位置の人間を演じた.アウェイ感は半端なかったが,これはこれで貴重な経験となった.来年以降も参加したいお祭りであるが,今年コンテストに神楽教授を始めレジェンドの方々も出ていたらしい.このことはコンテストへの熱意が冷めていた自分に新しい意欲を吹き込むことになるのだろうか(くす玉割りの悔いなど,動機付けはあるわけだが).なんにせよ来年の諸行事の日程次第である.それにしてもこの日一日同じグループとして歩いてくれた新選組と同時代の人々の皆さん,ミスター土方や局長はじめ本隊の皆さん,全国から参集した新選組ゆかり隊の皆さん,お祭りを支えてくださった実行委員会の皆さん.そして沿道から声援を送ってくださったすべての方々に感謝の祈りを捧げつつ,夕闇迫る不動尊を後にした.   

   
今年もご覧いただきありがとうございました.
また来年どこかでお会いしましょう.

  
   



 

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