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 SINCE 2011年9月25日
       

第18回ひの新選組まつり参戦!


1.ひの新選組まつりへのいざない

 私にとって,春の恒例イベントになっているひの新選組まつり,早いもので初参加から10年になろうとしている.当時はまだ四十路になったばかりで体力的にも充実していたのだが,今では間もなく五十路… そりゃ疲れやすくなってるなぁと妙に感心しながらも,非常に楽しいお祭りなので今年ももちろん参加する気は満々であった.
 例年5月の第2週末に開催されるのが基本であるが,それはあくまでも慣習ということで,実際のことについては公式の発表を待たなければならない.近年はTwitterなどのSNSの発達によって,観光協会のホームページよりも先に,公式のTwitterアカウントが情報を発信することも多い.

今年のポスター
 
今年も2月13日付で公式アカウントが隊士募集についての情報を発信,これによって今年のお祭りが5月9日(土),10日(日)の2日間であること,昨年同様9日に隊長を決める隊士コンテストが,10日にパレードが行われることが公式に発表された.コンテストについては近年隊長コンテストという名称が使われていたのだが,以前の隊士コンテストに戻ったようだ.
 一方でひのパレというと,隊士の募集と並行して,例年いろんな企画が持ち上がったり,反対に無かったことになったりと(笑),その試行錯誤と手作り感がいいのだが,公式もその辺は自覚しているようで,ツイートでも

「でもいつもながら、未決定部分も残した7分咲き。暫くはこまめにお付き合いを。」 とか,「いつもの通り、時を追って全容が決まっていくひの新選組まつり。」 

などと,今後内容が変わるかもしれないから注意してねオーラ全開だったのは楽しいと思った.
 


2.コンテストの悔い

 さて,肝心の自分の参加形態であるが,かつてはコンテストからの参加がデフォルトだったものの,2010年の第13回を最後にコンテストには出ていない.その間参加者の移り変わりなどもあり,「もういいのかなぁ」と思うこともあるのだが,その2010年コンテスト時の妖術くす玉割りの失敗は自分にとって痛恨の出来事であった(大げさ 笑).コンテストの合否はともかく,あのネタを完成させないことには引退したくても引退できない気分になっているのも事実である.

2010年の妖術のシーン
 
 そんなわけで,可能ならコンテストに挑戦してネタを完成! と行きたかったのだが,そんな時に降ってわいたのが,高校の同窓会である.自分の出身校は学校創立記念日に近い毎年5月第2土曜日に,首都圏在住OB・OGによる在京同窓会を開催している.私自身はいままで出席したことがなかったのだが,来年2016年は自分たちの学年が幹事学年だということで,学年代表幹事の人間から,来年に向けて今年はぜひ来てくれと誘いを受けたのである.で,第2土曜日って… モロにひのパレの隊士コンテストじゃないか,ということで,今年もコンテスト不参加が決定してしまったのである.ちなみに来年2016年は,その同窓会の幹事だから同じ日程とすると来年もコンテスト不参加が自動決定である.くす玉のリターンマッチは早くて2017年になりそうだ(鬼が笑うな).  


3.参加が決定する

 そんなわけで今年はコンテスト不参加で申し込んだ.そして3月30日に家のポストをのぞいたら,例年通りの参加決定ハガキが届いていて,参加が正式に決定した(まあ,衣装持ち込み参加は観光協会のブラックリストにでも載ってない限り参加できるハズなので,ハラハラドキドキ感はまったくないのだが 笑).
 で,例年ならこの辺から徐々に気分が盛り上がっていくのだが,この年は4月の初めに大きな演奏会があり,その後もいろんな用事が立て込んでいて,気が付いたらGWに突入,「今度の週末はもうひのパレじゃん!」という時期になってしまった(ブログの方でも今年は事前のひのパレネタが少なくて,皇帝は今年は参加しないのかと思った人もいたらしい.ご心配おかけして申し訳ありませんでした <(_ _)>).
 ちなみに,4月下旬に届いた実行委員会からの封書によると,今年も例年通りに午前中が高幡地区,午後が甲州街道地区でのパレードだった.昼食は高幡不動尊境内となっている.昨年は参加者によっては昼食が第一小学校となっていて,SNSでも話題になったのだが,今年はそのような議論がなかったので全員が高幡不動尊での昼食のようだった.
 一方でこんな注意事項もあった.
 
         
「薄桜鬼や刀剣乱舞等、キャラクターのコスプレや奇抜な衣装での参加は禁止しております」

 昨年は薄桜鬼等だったのが,今年は刀剣乱舞が追加になっていた.2012年にはそうしたキャラ扮装を集めた歴装隊も存在したのだが,その後の議論の結果,この路線は終了となったために昨年の案内からこうした記載がなされているものである.さらには,

「ひの新選組まつりは、江戸時代の新選組としてパレードを行います。浅葱のだんだら羽織・派手でない着物(又は浴衣)・袴・刀・鉢金・雪駄(又は地下足袋)が基本の衣装です。眼鏡など必要最低限のものを除き、隊士衣装として相応しくないものを着用していた場合、パレードから外れていただきます。」

という一文まで追加されていた.自分はゲームやアニメの新選組ネタにはまったく疎いのだが,こういう記載をしないと,そういう装束で現れる人がいるということなのだろう.
 


4.同窓会

 そんなわけで,あっという間に5月9日,隊士コンテストの日になった.とはいえ前述のとおり,同窓会出席のため東京,お茶の水の東京ガーデンパレスへ.記念講演会,演奏会(どちらも卒業生による),総会,記念撮影に続いて宴会となる.大昔卒業の大OBから平成になってから卒業の若いOBまでたくさん参加していたが,やっぱり一番懐かしいのは自分を含めた前後の学年である.

在京者による同窓会
 
30年ぶりに再会した面々も多く,懐かしくてついつい盃を重ねていった.その後は同期で2次会に流れ,さらに痛飲(笑),結局しこたま飲んだ状態で立川のホテルにチェックインしたのだった(衣装等一式は同窓会前にホテルに立ち寄って預けている).   


5.パレードの朝

 普段寝坊なくせに,こういうイベントの日になると早起きになる私,その例にもれずこの日も朝6時に目が覚めた.が…

具合が悪い ( ゚Д゚)

CH3CHO(アセトアルデヒド)の毒が全身に回っている感じだ(二日酔いともいう 笑).しばらくベッド上でのたうち回っていたが,いつまでもそうしているわけにもいかず起き上がって出かける準備を.あれっ?集合時間って何時だったっけ? と思ったのだが観光協会からの資料を忘れてきたことに気づく.出陣式が9時半から10時頃だから,8時ごろだろうと勝手に決めつけてモノレールで高幡不動に向かった.モノレールを降りた瞬間に電話が鳴る.見ると知らない番号,なんだろうと思って出てみたら
「日野市観光協会です.今どちらにいらっしゃいますか?」
ゲゲッ! 集合は8時ではなかったらしい(後で知ったが7時半だった 汗).「あっ,申し訳ありません.今着いたところです」と答える.急いで着替え会場の潤徳小学校へ走った(アセトアルデヒドの毒にやられている時に走ったため,さらに具合が悪くなった 笑). 
 
「すいませ〜ん.遅くなりました」と受付を済ます.この時に今日所属する隊がわかるのだが,今年は七番隊だった(その他に参加品として土方歳三うどんと軍中法度も).着替えのために校舎に入ろうとしたら,「皇帝!」と呼ぶ声が.見たらひのパレの名物キャラエルサブである.聞くと同じ七番隊だとか,これは面白いことになりそうだと思った.

今年2月にボリビアのウユニ塩湖にて(天空の新選組)
 
 男性の着替え会場である家庭科室に入ると,あらかた着替えを済ませた感じだった.毎年お世話になっている着付け係の女性に手伝ってもらって着替えをする.ここ最近の新選組装束は白系の長衣に黒の袴というパターンが定着している(2月のウユニ塩湖の時もそうだったな 笑).着付けの女性がこの長衣を見て,「いい着物だね.新選組だけだともったいないから民謡でも歌ったら」と言っていた(たしかに民謡番組にこういう人が出てくるイメージだ 笑).   


6.潤徳小学校にて

 着替えが終わって外に出ると,すでにたくさんの隊士で賑わっていた.こうして見渡しても浅黄色のだんだらがひしめく光景は壮観だ.ここでさっそく常連の顔見知りとあいさつを交わす.ここ数年お世話になっている函館の快男児!!さんは六番隊,岡山のHさんは一番隊とのことだった.さらに「ビザ先生,俺も七番隊っすよ」とやって来たのは宇都宮の副長K君,ということは,

潤徳小学校の校庭
 
「エルサブと宇都宮の副長とビザンチン皇帝が同じ隊!! 実行委員会,絶対に仕組んでるだろう(笑)」と思ったのだった(さらにはブログやTwitterでつながっている”かくさん”も同じ隊だった).
 さて,例年だとこの校庭で朝稽古と称して抜刀から始まる基本的な型の練習をする.私が初参加だった2006年当時のパレードはコースのあちこちで抜刀ができたのだが,その後規制が厳しくなり,近年ではパレード中に抜刀できる機会は極めて限られている.普段こうしたものに縁のない参加者の中には,「せっかく腰に大小を差しているのだから抜いてみたい」という人も多いので,その機会として設けられていると思われた.
 が,今年はその朝稽古はないらしい(泣).時間がないためなのか,何なのかはわからないがこのまま隊ごとに集まって出発するとのことだった.そうこうしているうちに七番隊の旗がやってきて隊士が三々五々集まってくる.見渡すと例年通り女性の参加者が圧倒的に多い.男は私とK君,エルサブ,かくさん,それに黒いだんだら羽織でそろえた3人組の方くらいである.そんな中,「みなさん今日はよろしくお願いします」とさっそく仕切り始めたのはもちろんエルサブ,誰から頼まれなくてもやってくれるからこっちは楽である(笑).ちなみに近年のひのパレで,隊長を補佐して隊をまとめる比較的参加歴の多いベテランの存在を伍長と呼んでいるが,自分が参加し始めた当時にはそういう概念はなかったように思う.いつごろからその存在がクローズアップされたのかと考えたら,第10回に自分が武田観柳斎をやった時に五番隊にいたたけるさんである.頼りない自分を完璧に補佐してくれた非常に頼もしい存在で,当時「髭の伍長」と勝手に命名したものだ.そこからたける伍長という名前が一部に広がって,お祭り全体に伝わったのかと勝手に想像してしまった.それはともかく,今年の七番隊の伍長はエルサブと自動的に決まった. 
 


7.出陣式

 ここで出発時間になったため,一番隊から建制順にメイン会場高幡不動尊に向かう.小学校は不動尊と駅を挟んで反対側にあるため,必然的に駅構内を通らなければならない.毎年ここではエスカレーターに浅葱色のだんだらがズラッと並ぶ,違和感120%の光景が楽しめるのだが,今年はなぜか隊列が左にずれて駅ではない方に向かっていく.どういうことだ?と思っていたら,なんと線路の反対側に抜ける地下通路があるではないか! そこを抜けたらちょうどバスプールの前に出た.去年まではこんな通路なかったように思うので,おそらくはここ1年で完成したのだろう.隊列はそのまま駅前の参道を進み,不動尊の境内に入っていった(直前の横断歩道で待機→ダッシュとなるのはお約束 笑).
 境内ではすでにたくさんの観光客や屋台でで大賑わいであった.我々は土方歳三の像を横目で見ながら境内の一番奥にある大日堂に進んでいく.ここは恒例の出陣式が行われる場所だ.この大日堂前で今年の隊長と初顔合わせとなった.
 
 我が七番隊の組長は谷三十郎,備中松山藩の出で新選組への加入時期は不明であるが,慶応元年の編成にて七番組長・槍術師範になった人物である.上の弟,万太郎は大阪で槍の道場を開いており,下の弟・周平は一時近藤勇の養子となっている.そんな谷三十郎だが,小説やドラマではあまりよく描かれていないことも多いせいか,例年のパレードでもなんとなく地味なイメージだ.

隊士で賑わう大日堂前
 
しかし,今年の谷は背が高くてかっこいい男性であった.話によると演劇系とのこと.去年同様,今年の合格者も演劇系の方が多かったようだ.数年前は居合系の合格者多かったし,その前はネタ系が盛んだったから,やっぱりコンテストにもトレンドがあるらしい.
 さて,ここではまた新選組隊士の袖章が配られる.これは実際にいた隊士の名前がプリントされたもので,今日は一日その隊士になりきって更新するという寸法だ.係りの人から袖章の束が渡されるのだが,たまに監察などの大物隊士のが混じっているのだが(私はこれを当たりと呼んでいる),今年はそういうのはなかった.ちなみに近藤勇&土方歳三(局長&副長),沖田から原田に至る10人の組長の袖章は第10回の合格者に配ってしまい実行委員会には存在しないので,これらの役の方は別に造った袖章を着用する.で,私が手にした袖章の主はというと… 上田安達之助,入隊時期は不明なものの,最後函館の弁天台場まで従軍しそこで降伏した隊士である.

今年の私の役は上田安達之助でした
 
 さて,隊士一同集合が終わると,いよいよ出陣式,近年恒例となっている悪路王さん扮する奉行の司会である.まずは高幡不動尊の貫主様のご挨拶,実行委員会副委員長さんと,これまた毎年お世話になっているガイドの会のSさんによる注意事項の説明に続き,いよいよ今年のミスター土方と近藤局長の登場である.毎年ミスターになる人って何となく,そういうオーラが出ていることが多いのだが,今年の方もやっぱりそうだった(聞くとこの方も演劇系らしい).ここで最初の勝鬨をあげて,いよいよ出陣となる(その前に写真撮影もあった 笑).  


8.参道パフォーマンス

 出陣式が終わると参道を下って今度は五重塔そばの土方歳三像前へ.これまた恒例の法楽である.ここでは貫主様による読経が行われ,隊士一同合掌する.この日は朝から快晴のお天気であり,この頃から強い日差しが容赦なく照り付けてくる.こりゃ熱い一日になりそうだ.
 法楽が終わるといよいよパレードに出発となる.この高幡地区のパレードはかつては高幡パレードという名称だったのだが,距離が短くてあっという間に終わってしまうことから,第16回にパフォーマンスに力点を置いた(らしい)高幡パフォーマンスと改名,さらに翌第17回では参道パレードになり,今年は新たに参道パフォーマンスという名称になっていた(フランス革命後の議会みたいに名前が変換していくのが興味深い).
 さて一同高張提灯と隊旗を先頭に,ミスター土方,近藤勇と続き,以下建制順に本隊が進む.七番隊は後半なのでしばらく銅像前で待機した後の出発だった.隊列は隊長を先頭に伍長のエルサブと旗持ち,その後に参加回数の少なくて若い人たちが続き,私とかくさん,宮新のK君,黒装束の3人衆が殿だった.
 高幡不動尊を出て横断歩道を素早く渡り(今年は隊ごとに渡れるよう誘導係が上手くさばいていた),参道ではなく右側に折れていく.ここからさらに左に折れて静かな路地をしばらく進んで隊列は停止した.ここでしばらく待機となる.軍中法度によると,不動尊に向かう参道でパフォーマンス隊から順に,保育園児,本隊の順でパフォーマンスをするらしかった.太陽はカンカン照り,まだまだアセトアルデヒドの毒素が停滞している自分には厳しい時間だ(笑).待機が長いので伍長のエルサブが「様子を見てきます」といって出かけて行った.私はというとすきを見て近くに自販機で水を買って一気飲みをして過ごしていた.私の前には今回初めて参加したという若い女性がいたのだが,彼女の友人と思しき女子2人組がしきりに「師匠〜」と手を振っている.雰囲気と師匠のギャップが強烈だったので,「何の師匠なんですか?」と聞いたら,「なんとなくそう呼ばれている」とのことだった(おまけに高校2年生らしい.ひぇ〜 (^.^).
 そうこうしているうちにエルサブが帰還,「今何番隊がやってた?」と聞くと,「まだ始まってないです ( ;∀;)」との返事,そ,そうだったのか… きっと下準備に追われているんだろうと納得した我々だった.
 それでもしばらくしてようやく隊列が動き始め,参道パフォーマンスの開始である.騎乗の土方歳三,近藤勇に続いて一番から十番まで順に参道を進んで紹介を受け,各隊最初の勝鬨をあげた.ちなみに各隊紹介の際,「隊長を務めますのは○△から参加の◆●さんです」みたいな口上が述べられるが,八番隊の藤堂平助のところのみ,「新選組が好きで日野に移住した◇○さんです」と紹介されて,当の平助役の方が「なんで私だけそんな紹介なんですか!」と言ってて,近くの人が「身内だからじゃない」と答えていたやり取りが面白かった(笑).
 そんな感じで参道パレードは始まってしまうとあっという間に終了,隊は高幡不動尊に戻った.

五重塔そばに集結

いよいよパレードの開始

この段階では副長もまだ徒歩

今年は七番隊のビザンチン皇帝

待機する六番隊(楽しそう 笑)

ここで騎乗になるもよう

日野新の名誉局長さんが(今年は箱館奉行の永井尚志)
 

パレードの先頭は横断幕

騎乗のミスター土方

一番隊です
 

五番隊は日野自動車の方々,おそろいの瓢箪が!

カッコいい今年の谷三十郎です

悲願の左ノ助役だったとのことです
 

今年の出会った隊(先頭は吉田松陰と妹の文)

娘子隊は実践女子大の薙刀部の皆さん

殿は今年も日野新の面々
 

常連の快男児!!さんの姿が

沖田総司カワイイ!

ひのパレ皆勤のお方です
 


9.長〜い昼休み

 不動尊に戻ると隊列のまま五重塔に移動,ここで隊ごとの記念写真に臨む(この写真はパレードの最後に購入可能).その後はお弁当とお茶をいただいての昼食タイムだ.以前は年毎に内容が違っていたお弁当だが,近年は開運亭の新選組のふるさと弁当が定番になっている.我々七番隊は奥殿の裏手の日かげに陣取った.朝から何も食べていない自分にとって,本来なら楽しみにな時間なハズだったのだが,この時間帯でもまだ完全復活には程遠い状態,結局半分も食べられなかった… ((+_+)).
 昼食後は少しの自由時間となった.ここでウチのKが姿を見せる.昔からひのパレの際には写真係で同行していたKだが,過去2年は来ていなかったため,レポの写真が極端に少なくなっていたのだが,今年は全体の写真が見られそうである.

新選組のふるさと弁当

七番隊の集合写真
 
 その後は午後のパレードに向けての作戦タイム(もちろん仕切るのはエルサブ 笑),午後は日野宿本陣のある甲州街道を中心としたコースを2周する形でパレードが行われる.1周目は途中2か所のポイントで勝鬨をあげ,2周目は同ポイントに加えて,途中で新政府軍による銃撃を受け,それに対するリアクションをするという趣向である(この銃撃は去年もあったのだが,案内図を見ながら,去年とは違う場所だねなどと話していた).七番隊では勝鬨のやり方として2パターンを用意,さらに銃撃に対しては黒羽織の三人衆が盾となって襲撃を受け止め,その後反撃に出るという形に仕上がった.
 そうこうしているうちに出発の時間が来たため,一同移動する.不動尊を出てそのまま左へ進む.この近くにバスが来るはずだ.例年この高幡地区から日野宿地区へのバス移動が律速段階になる.少ないバスで400人もの人員をピストン輸送するからで,このために昨年は本隊の一部を昼食前に午後の会場にあらかじめ移動させるという対策が取られていた.ただ,今年はそういう予定にはなっておらず,バスの台数が充実したのかとも思った.
 ほどなくバスがやって来たため,一同乗り込み午後の集合場所である第一小学校に向かった. 
 


10.第一小学校にて

 第一小学校に着いてみると,すでに本隊の半分以上は集まっていた(まあ一番隊から順に行動するので当然といえば当然だが).カンカン照りの日差しはいよいよ強さを増してくる.太陽光線が校庭の赤土に反射して周辺の気温も上がってきて,具合が悪くなりそうである.だが,ようやくこの頃にはアセトアルデヒドが抜けてきたのか,自分的にむしろ午前中よりは元気になっていた(テンションが上がってはしゃぎ出した感じ.午前中の自分,きっと仏頂面だったんだろうな 笑).

第一小学校に集結した隊士
 
 で,ちょうど校庭に入ってきたところで,「ドクタ〜」と呼ばわる声が.私のことをこう呼ぶ人は世界で一人しかいない(笑),武州レディースのラブさんである.毎年必ずパレードにやってきて写真を撮って下さる.このお祭りとは切っても切れない方である.この日も昨年のパレードの写真をいただいた.
この段階でまだ全隊が集結しておらず,ちょっと時間があるということで午後のパレードのパフォーマンスの練習をすることになった.前述のように日野宿パレードでは途中2か所に勝鬨ポイントがある.パターン通りの勝鬨では面白味がないので,1回目は隊長が「勝鬨用意!」というとエルサブが隊旗を持って伝令として最後尾に走る.それに呼応して黒羽織三人衆が隊旗を受け取り,「勝鬨用意!」と最前列に走っていきってきて勝鬨をあげるという内容,そして2回目は隊長の「勝鬨用意!」の合図で2列縦隊が円形となって勝鬨を行うというものである.シンプルではあるのだが,20人以上が一斉に円形になるというのは意外に難しい(自分の立ち位置を把握しにくいため).最初はなんだかいびつな形だったのだが,練習しているうちにサマになってくるのはすごいなと感じた.

昨年のワンショット(提供ラブさん).基本的に今年と変わりません.
 


11.日野宿パレードその1

 そうこうしているうちに全隊到着し,いよいよ午後のパレード(日野宿パレード)の開始である.朝と同様に集合,ミスター土方の号令のもと建制順にスタートする(必然的に七番隊はちょっと待機 笑).第一小学校の裏門(のようなところ)から細い道に出る.ここは佐藤彦五郎資料館に面していることから近年,佐藤彦五郎通りと呼ばれているらしい.その通りを少し東に行くと川崎街道に出て,そこを左折した.
 ここを少し行くと今回のパレードのメイン会場である甲州街道に交差する.3年前まではこの甲州街道は道路の半分しか閉鎖されていなかったため,道の南側(日野宿本陣のある側)にはお客さんも大勢いて盛り上がるのだが,北側は車が普通に走っており,隊列も狭い空間を粛々と進む感じで,何となく落ち着かないパレードだったのだが,2年前から道を完全に閉鎖してのパレードになり,観客も増えてより一層華やかになっている.この日も沿道には大勢の観客が繰り出していてすごい熱気だった.
 そんな甲州街道に入るとさっそく最初の勝鬨ポイントである.アナウンスの隊と隊長の紹介に続き,第1パターンの勝鬨である.隊長の号令,走るエルサブ,呼応する黒羽織三人衆,そして勝鬨,まずは成功であった.
 その後も行進は続く,一般的に新選組の幹部の中でも谷は地味な存在なのだが,今回は隊長役がさわやかなせいか,沿道からも盛んに声援が飛んでいた.一方でエルサブはいつものキャラで観客の笑いをとっていた.
 そして信号を通過(車両通行止めになっているので赤信号で止まることはない)して,第2勝鬨ポイントである.今度はさっきの勝鬨で後ろに下がっていたエルサブが最前列に伝令に走り,それを受けて隊長の「七番隊,陣形を整えよ」の号令によって一同円形になり,勝鬨をあげた.こちらも練習の成果が発揮され,綺麗にいったようで,沿道から「お〜」という声が上がっていた.
 第2ポイントを過ぎると目の前に八坂神社が見えてくる.ここがパレードの中間地点というわけで,一同境内に入っていった.

先頭は保育園児たちです

横断幕と隊旗の登場

春日隊(地元の小学生)です

午後も騎乗のミスター土方

二番隊の演技?
 

我が七番隊の雄姿

こちらは九番隊

十番隊の演技
 

宮古湾海戦の人たちです

国際交流協会の方々

JA東京のようです
 


12.佐藤彦五郎パレード

 以前はこの八坂神社で休息というパターンもあったのだが,今年はそういう雰囲気はなく,そのまま境内を通過して反対側に出た.ただ恒例のお茶ポイントはあって,隊士一同ここでお茶を受け取った.毎年恒例の200cc缶入りのお〜いお茶である.暑さもありみなその場で封を切って飲んでいた.
 お茶ポイントが終わると,佐藤彦五郎資料館に続く道(佐藤彦五郎通り)を行進していく.ふと見ると,沿道に数人の市民がいて,なにやらチェックをしている.なんだろうなと思っていたら,「ここでコンテストが行われているらしいですよ」とのこと.実はこの佐藤彦五郎通りの行進は,2度にわたる日野宿パレードのつなぎではなく,佐藤彦五郎パレードという独立したイベントになっており,今回初の試みとして,

大東京信用組合のキャラのようです
 
新選組本隊の行進ぶりを一般市民が採点して評価するという趣向が行われていたのだった(佐藤彦五郎隊士コンテストというらしい).そ,そうだったのかと妙な感動を覚えた私だった.
 その後本隊はスタート地点である第一小学校に戻ってきた.ここでしばしの休憩となる.本部らしいテント(学校の運動会に出てくるアレです)の下にはエネルギー補給用のカロリーメイトとポカリスエットが置いてあって,係員が「どうぞお取りください」と配っていた.これは去年から始まった新趣向なのだが,どうやら2年前に熱中症になった参加者がいたようで,それへの対策として始められたものらしかった(置いてあったのがどちらも大塚製薬の製品なので,スポンサーなのかと思ったが,後で観光協会のホームページを見たら,「飲料の提供」としてその名が出ていた(本当にスポンサーらしい).
 

大太鼓

日野囃子です

山車も登場
 


13.日野宿パレードその2

 その後時間になって,いよいよ2回目の日野宿パレードになる.再び小学校を出て,さっきも通った佐藤彦五郎通りを東へ.川崎街道を進んで甲州街道に曲がる.初の日野宿2周パレードになった2年前は,最初の行進でもう終わったと勘違いして帰ってしまったお客さんが結構いたらしく,2回目はちょっと寂しい沿道になっていた.だが,さすがに2年も経つとみんなわかってきたようで,1回目と変わらないお客さんで賑わっていた.
 2回目は前回同様2ヶ所の勝鬨ポイントに加えて,新政府軍からの銃撃に立ち向かうスポットがある(これは昨年からの趣向).そこはパレードコース半ばの交差点らしかった.

土方・近藤・鉄之助のスリーショット
 

まずは甲州街道に入って最初の勝鬨ポイントである.1回目は普通に勝鬨だったが,二度目は抜刀しての勝鬨だ.隊長谷三十郎の,「七番隊抜刀!」の掛け声とともに一同白刃を振りかざす.沿道からは「おおっ!」という歓声が上がった.実は当初,2回目のパレードの際,抜刀してよいのかちょっと不安だった(パフォーマンスOKとはなっていたが,具体的に抜刀してよいとはなっていなかったため).しかし我々が抜刀した時,目の前にいた警備の人が顔色一つ変えず平然としていたことから,「やって良かったんだな」と安心した.
 そんな感じで最初の勝鬨ポイントは完了,いよいよ銃撃スポットに差し掛かる(このあたりですでに前方の隊がドンパチやっていて気分が盛り上がる).敵の銃砲隊が登場,一斉射撃に対して黒羽織三人衆がそれを受け止め倒れる,それを助ける隊士,隊長の「ひるむな,進め!」の号令の下,七番隊隊士一同抜刀して敵に向かって突撃したのだった(この時も沿道から歓声が上がった).
 銃撃の後は締めくくりの最後の勝鬨ポイント… のハズだったのだが,時間が押しているのか省略ということで,我が七番隊の行進は終了となった.その後はたった今まで銃撃戦が行われていた交差点で閉会式となる.ここで前述の佐藤彦五郎通りでのコンテストの結果が発表された(最優秀は斎藤一率いる三番隊だった,残念 ((+_+))).その後,今年も新選組の後見人的存在の佐藤彦五郎に扮して一緒に行進していた日野市長さんの挨拶,さらにはミスター土方への花束贈呈(これは今までになかった趣向),挨拶と続き,感動のうちに日野宿パレードは終了となった.

局長本当にうれしそう(笑)


一番隊にはおねえさまとHさんの姿が!!

二番隊の隊長はかつて源さんをやった方ですね

 

神楽教授発見 !(^^)!

今年の斎藤一です

エルサブの雄姿を見よ!
 

魁先生です

こちらは九番隊

派手な立ち回りが!
 

新選組玉造隊です

西洋流火術鉄砲隊

幕府軍 vs. 新政府軍
 


14.帰陣式

 パレード終了後,隊士一同川崎街道に向かう.高幡不動尊に戻って,最後の帰陣式に臨むためである.思えば昨年のパレードでは1〜5番隊は高幡不動尊,6〜10番隊は日野宿での閉会式と分散開催だったのだが,さすがにそれは寂しいという意見があったのか,今年は全隊高幡不動尊になったもののようだ.川崎街道で迎えのバスに乗り込み,不動尊に向かう.この日野地区から高幡不動尊へのバス移動は毎年のことなのだが,毎年通る道が変わっている! 特に今年は高幡不動駅付近の線路を潜るトンネルが完成していたのが印象的だった(駅の地下通路も感動したが).

再び高幡不動尊に集結
 
 そんなこんなで不動尊に到着した七番隊一同,境内入口でお昼に撮った記念写真を購入して土方歳三像前に移動した.ここで一人ずつ土方歳三に焼香し,その後大日堂に移動し,帰陣式に臨んだ.朝と同様高幡不動尊の貫主様やミスター土方の挨拶,その後今年のパレード最後の勝鬨を上げて,第18回ひの新選組まつりはめでたく終了と相成った.  

宇都宮のK君がこちらを見ている(笑)

帰陣式です


七番隊公式集合写真

 


15.打ち上げにて

 帰陣式終了後は,七番隊隊士一同昼食をとった奥殿裏に集合,それぞれ感想を述べ合いながら来年の再開を誓った.解散後私は潤徳小学校に戻って着替えをした.その後は写真係のウチのKとともに例年神楽教授が幹事をしている打ち上げに参加した.ここでは岡山のHさんやそのお仲間と同席となり,近況などを語り合った.Hさんの住む岡山は意外に新選組にゆかりがあって,数年前に岡山新選組準備会を立ち上げた.ただ,いつまでたっても準備会のままだったので,「今も準備会なんですか?」と聞いたら,「今年ついに準備会の文字が取れました」とのこと.どうやら会の活動を一過性のものに終わらせたくないとの思いから,あえて準備会の文字を入れ続けていたとのこと.近年は会員数も40名くらいになっているそうだ(やっぱり熱い人だと感動).ただ,一足先にできた宇都宮新選組同好会と比べて,「ホームページのアクセス数は10分の1なんです」とちょっと悔しそうだった.そんなわけで,ここを読んでくださった方はぜひ,岡山新選組のサイトを覗いてみてください.

 岡山新選組準備会

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく.この日は泊りという人も多いのだが,私の場合帰るだけで2時間かかってしまうということで,8時半過ぎに会場を後にしたのだった.
   

             
        今年もご覧いただきありがとうございました.
        また来年お会いしましょう.

        
   



 

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